Kiri

□BLV
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ある朝。
いつものようにベルナールが届けてくれる細々としたものを取りに行ってみると、見慣れない包装の荷物が二つあった。


一つは、女性もののハンカチーフが折りたたまれて入っており、一方はどこぞの洋菓子店の紙袋に入った焼き菓子だった。

そして、ベルナールからの手紙。

「先生へ
こちらのハンカチーフですが、レジーナ様がこの洋菓子店で落とされたものだそうです。
昨日、私がこの店の前を通った際、店主から返してほしいと預かりました。大変お手数ですが、レジーナ様にお返し願えますか。焼き菓子は、店主からの贈り物です。」

ナーディルといい、ベルナールといい。
なぜ、私の知らないところで彼女と知り合いになるのであろうか。そして、なぜそれを私に秘密にしておくのか。

しかも、なぜ店の前を通っただけでベルナールに彼女の落し物が渡るのか・・・。それは、その店の店主が彼女とベルナールを知っていて、二人が知り合いだと知っていないとこんなことにはならないはずだ。

ベルナールには、様々なものの用意を頼んではいるが、菓子は私の嗜好品ではないので、洋菓子店に行かせることはほぼ皆無。

となると、彼が私的に訪れている店なのだろう。なぜ、彼女との繋がりがあるのかは全く分からないが。

私が菓子をそれほど好んでいないことは、レジーナも知っているからお茶をするときでも、お茶菓子というものがついてくることはほとんど無いのだ。今更だけれど…彼女は女性なのだから、甘いものが好みなのだと思う。彼女と食事を共にするときは、大抵私が用意しているし、彼女が用意するにしても我が家の食材に甘いものが入ってることもないから、気づかなかったな…。


私は、彼女のことをあまりに知らないのかもしれない。

ラウル、ナーディル、ベルナール…。
彼らは、地上で彼女が光を浴びる中で共にすごし、食事をし、談笑し、彼女の好みはどんなものか、何に興味を持っているのか知る機会がたくさんある。例えばサンジェルマン通りを歩きながら、彼女にどんなドレスが似合うか、どこのカフェが美味しいか、そんな日常を垣間見れるのだ。

なのに、私ときたら!
この暗闇の中で過ごすか、せいぜいオペラ座の中でしか同じ時間を過ごせないのだ。無理をすれば、外に出られなくはないが、無理をするのを彼女は好まない。その優しさが二人の世界を狭めているのではないか?私にも人並みの憧れがある。彼女に似合うドレスを誂え、好きな菓子を口に運び微笑む姿を見たい。そういう憧れなら。

苛々している自分に気づく。
これは…いわゆる、ただの嫉妬だ。

こんな菓子の一つや二つで、しかも自分の使用人に嫉妬するなんてなんて愚かな男なのだ、私は。彼女のことになると見境がなくなるのだから困ったものだ。だが、それも仕方がないことなのだと思う。彼女は…私の今日までの人生で最も大切と思える人で、恐らくこれからもそうあり続ける人なのだ。


私が知っていて、ラウルやナーディルが知らないことなのあるのだろうかとふと考え込んでしまった。








「あら、このハンカチーフ。」

私がキッチンに無造作に置いてしまっていたそれに、彼女が気づく。

「ベルナールさんが届けてくれたの?お礼を言わなくてはならないわね」

傍に投げ出されていたベルナールからの手紙を読んだ彼女が、そういった。

「焼き菓子もある。その店の店主からの…」

私は、渋々といった風にそれを別の荷物の傍から取り出した。彼女に一番に渡さなくてはならないものだったのに、乱暴に投げ出されていたそれに気づかれてしまったので、気まずい思いがする。

「エリックは、一緒に食べてくれるかしら?」

焼き菓子の袋を少し持ち上げて、私に微笑んでくる。傍では砂時計がもう少しで落ち切り、紅茶が入るのを示していた。

「あぁ、もちろんだよ」

二人のお茶の時間に、菓子が添えられたことは過去に数えるほどしかない。だからなのか、彼女がそんな些細なことで機嫌をよくしてくれるなんて。焼き菓子を口に運ぶ私を見て、彼女はやけに嬉しそうだ。

「やっぱり良いものよね。自分の好きなものを好きな人が食べているのを見るのって。」

ティーカップを口に運びながら、不意にそんなことを言った。

「甘いものが嫌いなわけではないと、言わなかったか?」

「聞いたわよ。でも、好きではないということでしょう。無理に一緒に食べたいわけではないもの。」

こういう気遣いは嬉しいが、時々歯がゆくもある。オペラ座だけでなく、放蕩時代に出会った高貴な女性は大抵が我儘で強引な一面を必ず持ち合わせていた。こちらがどんなに嫌と言っても、聞かないのだ。だが、彼女にはそういう一面がほとんどない、とても聞き分けの良い、むしろ良すぎる女性なのだ。時々、女性らしい癇癪や我儘も言ってくれるほうがより愛されている気になるのではないかと思うことがある。

それはおそらく、贅沢な悩みというやつだとしても。

「それより、いつベルナールと菓子を買いに行ったんだ?」

「確か…先週だったはずよ。私ね、マカロンが好きなの。たまたまベルナールさんに会って、そんな話になったら奥さまが贔屓にしている店があるっていうから。それがここなの。店主の方もすごく良い人よ。」

ふふ、と笑った。
それにしても、多くの客の中で、このハンカチーフを落としたのがレジーナだと、よく覚えていたものだな。彼女の一族はすぐに人目を惹きつけてしまうものがあるから心配だ。

「レジーナ」

「なに?」

「これからは、お前の為に私も時折菓子を用意ことにするよ。」

私が言ったことが大層意外だったのだろう。
驚いた眼で私を見つめた。
だが、私が用意すれば彼女がその菓子屋に行くことは減るのだから。自分の身を危うくするような可能性は一つでも潰しておきたいの私なのだ。

「たまには、お前の好きなものにつき合わせてくれ。」




私が菓子を摘まみながらそういうと、一層嬉しそうに笑う彼女が居たから、まずは手始めに美味いマカロンを用意しようと思った。






end



***


800HIT、迅様のリクで「嫉妬+甘甘」です。

めっちゃとりとめのない話ですみません;
ベルナールに登場してほしかったので、こんな具合に。エリックは、甘いものが食べなくはないけどっていうのは、なぜかイメージです。というか、あたしの中の攻めキャラ設定なのかも(笑)

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

タイトルはブルガリの香水からですが、あんま深い意味はないです;







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