side M

□into the night
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ある夜。

私はマンハッタンの一角で、不思議な女を拾った。

彼女は、酷く風変わりで、古風な…古風なというのは着ていたドレスのデザインに関してだが、装いでさまよっていた。今時、ペチコートが幾重にも重なり、クリノリン入りのドレスで街を歩く奴は居ない。ただ、使っている生地は非常に素晴らしく、似合っては居たが。

深夜のマンハッタンのほぼ人通りの無い一角に私が通りかかった時、彼女に恐れはなく、とにかく酷く困った様子で「こんばんは。…話しかけてはご迷惑かしら?」と問いかけてきた。

私がそこを散歩していたのは、偶には外を歩きたいと思う時、深夜に人通りが無く薄暗いからだ。仮に、多少誰かとすれ違ったとしても気軽に話しかける様な場所や時間ではない。しかも、私の容姿、そして様子は決して好意的なものではない。

にも関わらず、彼女は話しかけて来た。

僅かな街灯の明かりが、私を照らす。
当然、私の半面が仮面で覆われていることくらい見えるはずだ。

だが、彼女の態度には特に変わりは無かった。これは、何やら面白いではないか。

「何の御用かな?」

この会話の先に興味があったので、私は珍しく、努めて穏やかに請け負った。

彼女は、言葉を探すように…躊躇いながら、言葉を紡ぐ。

「酷く可笑しなことをお尋ねすることになるのでしょうけど、此処は何という場所でしょうか?私、とっても遠い所から気付けばこんな所に…身寄りがないので困ってしまっていて。」

「ほう、何処から?」

彼女がまた、躊躇いがちに言った場所は、さすがの私でも知らない場所で、国なのか地名なのかもさっぱり分からなかった。

「此処はマンハッタンだ。このような路地に居ては大変危険な場所なのだよ。」

「まぁ、どうしましょう…」

本当に困った様子でオロオロする彼女を見下ろす。

その様子を見て生まれた私の心の気まぐれに、私は自分で少しばかり乗ってみることにした。

「私の所に来るかい?」

その提案が思いがけなかったのか、驚きの眼差しで彼女は私を見上げた。

その時に気付いた。

僅かな街灯で照らされた彼女のアメジスト色の瞳に。

他人と関わることを避けて生きている私が、何故わざわざこんな風変わりな彼女に手を差し伸べる気になったのかと言えば、答えは一つ。



彼女は美しかったのだ。



闇夜に溶け込みそうな漆黒の髪、アメジストの瞳。時代遅れではあるが、優雅な装いが…そう、時代遅れだからこそ、私の何かを呼び覚ます。何より、何故か分からないが私を怖れない瞳。かつて、私を恐れず囲ってくれたあの人とは違うけれど、恐れは無いのだ。

彼女は、私の傍により、じっと私を見つめた。見つめられる事に慣れていない私は、内心、動揺した。彼女は爪先立ちになり、更に私を見つめる…やがて。

「貴方のお世話になるわ。」

と、告げた。

「…貴方の瞳には嘘は無いもの。でも、何かを隠している気がするけれど。…例え騙されても、私には選択の余地はないわけだし。」

そう言って、彼女は少し苦しげに微笑んだ。

「私は、レジーナよ。貴方のお名前を聞いても?」

「…エリック。」

「ねぇ、今日は仮面舞踏会だったのかしら?私、行ったことはないのだけれど。
仮面舞踏会だけじゃなくて、舞踏会はあまり経験はないの…。」

「仮面舞踏会?」

「…違うの?」

あぁ、そうか。
彼女は私の仮面を、仮面舞踏会の帰りか何かだと思ったらしい。舞踏会なんて、これもまた時代遅れだ。その勘違いが、私の容姿に驚かなかった理由らしい。

「これは、仮面舞踏会ではないが…少々理由があるのだよ。さぁ、行こうか。」






彼女をエスコートする。




こうして、私はある夜。

風変わりな女を1人囲うことになったのだ。



これが、私と彼女の始まり。




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