side M

□True Love's Kiss
1ページ/1ページ


彼女の1日のサイクルはこうだ。


大抵、きっかり7時には起きる。


そして、身支度を整え、リビングにやってくる。リビングには広いバルコニーがあり、そこに出るとカフェが飲めるくらいのテーブルや椅子が設えている。あとは、少しゆったりとしたベンチ。それは、彼女が来てから設えたものだ。バルコニーといっても、此処はマンハッタンでも有数の高層ビルでプライベートは守られる。


彼女は毎朝そのバルコニーに出て、必ず一曲歌う。


彼女がまずハミングすると、主に鳩や、時々小鳥や白い鳩、ごくごくたまに珍しい鳥がやってくる。彼女の声が響くと、動物や草花が応えるのだ。最初の頃はとても信じられなかったが、彼女の声、そして歌にはとても不思議な響きがある。
音楽には人並み以上の私がそう言うのだから、間違いない。異国の響きではなく、まさに異界の響きだ。私ですら、幸福を見いだせるような甘美なもの。

彼女は鳥達に何やら話しかけ、そしてその日の一曲を歌い始める。
彼女の世界の、おとぎの国の歌。幸福で、甘美な歌がほとんどだ。時々デュエットのようなものもあった。彼女は一人で歌っているので、あくまで、歌詞などから考えた私の憶測にすぎないのだが。

そうして歌い上げた後は、鳥達に挨拶をして、草花に水をやり、バルコニーを後にする。それから、朝食の支度に取りかかる。私と彼女、2人分の朝食だ。


と、ここまでの彼女の行動は最初の頃に私が盗み見、といえばなんとも聞こえが悪いが実際その通りだ、とにかく盗み見して分かった行動だ。
初めて彼女がバルコニーで歌うのを聞いて以来、私はこっそりと聞き続けていた。広い我が家だが、防音では無い部屋がほとんどなので、聞こえてきていたのだ。甘美な響きとおとぎの国の歌。私にも一時の夢を見せてくれる。

おとぎの国の歌を聞き続けるうちにすっかり諳んじてしまったものや、気に入ってしまったものもある。それを歌う彼女を傍で見たい気持ちがずっと胸にあった。だが、私が聞いている事に、彼女は気づいているのだろうか?もし、気づいて辞めてしまったらと思うと行動出来ない。彼女とデュエットするのはどんな心地なのだろう…。私は決しておとぎの国のハンサムな王子などにはなれないタイプだが、歌ならば…一時夢を見たいと思う。



彼女が来るまで、昼夜気にしない生活を送っていた私だが、彼女が来てからきちんとしたサイクルを出来るだけ保つようにしていた。朝食の準備が出来上がる8時になると、私はダイニングに踏み込む。

「おはよう。」

カウンターキッチンで、料理を皿に盛りつけている彼女が笑顔で私に「おはよう」と返してくれる。なんと清々しい朝。

その日のワンピースは、新しいものだった。

あれは、彼女が来て初めての午後。
我が家の一番明るい色のカーテンを勝手にカットしてワンピースを仕立てられて以来、私は彼女に沢山生地を贈るようにした。
時間を見つけて生地を選び、私が気に入った柄や素材のものを一着出来る分だけ贈る。時々は、私も彼女のワンピースをデザインした。それはいつからか、私のライフワークの中で面白いものの一つとなった。
しかも、これがまたおとぎの世界!鼠や鳥がやってきて、彼女の裁縫を手伝うのだ。全く信じられないが…ここまできてしまっては、彼女がおとぎの国から来たと信じるほかにない。



私が、彼女を愛するまでにそれ程時間はかからなかった。


最初は勘違いで仮面の私を恐れなかった彼女だが、その後も仮面の私を見て…恐れはなかった。不思議だが。
おとぎ話には良くあるではないか。醜い様子の男や何やら得体の知れない者にも、姫は優しさや愛を見つけ出してハッピーエンドになるというものが。私は、今はそれを期待しているわけだ。期待すること自体が、私にとって危険行為なのだが。

彼女が、私の前に出来立ての朝食と淹れたての珈琲を置き、微笑むのを見つめながら、こんな朝が続くように願う私なのだ。











そして、現在。

いつもは、朝食の準備が整う8時にダイニングに向かう私が。今朝はいつもより早く目覚めてしまったから、バルコニーに出て、ゆったりとしたベンチに座る。

やがて彼女がやってきて、私を見付けて驚き、優しげな瞳で「おはよう、早いのね。」と言った。

「おはよう、レジーナ。お前の歌を聴きたくて。」

「まぁ、珍しいわね。」

彼女は、私が聞いていても歌ってくれる。そんな幸福な朝が来るとはあの頃は思っても無かった。
彼女はいつものようにハミングして、鳥達を呼び、挨拶をする。その中の一羽は、心得ているとばかりに彼女の傍に留まり、親愛の証に細い指先を甘噛みしていた。

美しい朝の風景。
スケッチにでもしたい。

「レジーナ、久しぶりに聞きたい歌があるんだが…」

「いいわよ。何かしら?」

私は、リクエストしたい一曲のメロディーを口ずさんだ。歌うには、私には恥ずかしすぎるのだ。彼女は、私のリクエストに少し驚き、頬を赤らめた。困ったように微笑んで、…歌い出す。

それは、彼女が来た頃に一番良く歌っていたもの。
真実の愛のキスを夢見ているという曲だ。

曲の響きが好もしく、彼女の甘美な歌声と合わさり、思わず私もそんな愛が訪れればなどと考えたりしてしまったのだ。

最後に少しだけデュエットがあって、私はすっかり諳んじていたその部分を、思い切って請け負った。彼女は綺麗な瞳を見開き、私の傍に来て…私の声に合わせてくれる。私は彼女を見上げる…その細い指先が私の頬を辿り、やがて。

true love's kiss

二人の声が合わさり、やがて空に溶けると。
私は彼女を引き寄せ、口唇を重ねた。



私はおとぎの国の王子にはなれないが、彼女を愛していて、彼女も私を愛してくれている。



彼女にとって、私とのキスがそうであるようにと祈りながら、私は甘美な一時に酔いしれた。



***

「魔法にかけられて」から「True Love's Kiss」

http://thefloweroflife.dtiblog.com/blog-entry-40.html

ご存じない方は、こちらのHPで歌詞など。
動画もたぶん検索であると思われ。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ