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□That's How You Know
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私は昼間の外出には決まって公園に赴く。

エリックは、昼間の外出は許可してくれて、現金とカードってものをくれた。使い方も教えてくれたし、今となってはすっかり使い方はマスター済み。夜には必ず帰るようには言われているけれど、言われなくても、夕食は共にしてくれるのだから、わざわざ出歩いていたいとは思わない。

この公園には、いつも陽気な人達がいる。

歌を歌ったり、ダンスをしたり、スポーツを楽しんだり。屋台を出していたり…。そういう風景がとても好きで、一緒におしゃべりをしたり、歌ったりして過ごす。

そうして、夕飯の買い物をして帰る。帰ったら、すぐに夕食の準備。初めこそ、驚かされたキッチンの便利なものも今は使いこなせていて、レパートリーはずっと広くなったと想うわ。
出来上がる頃に、エリックは仕事を終えて、下のオフィスから上がってきてくれる。最近はとても疲れているみたいだから、あまりしつこい料理は辞めて、あっさりしたものが多い。エリックはあまり沢山は食べないし…。でも、味や食材にはなかなか拘る。美食家タイプなのよね。

ついでにゆうと、彼は建築の仕事をしているらしいし、今はオペラというのに熱心に取り組んでいて…つまり、かなり芸術家なの。私は、歌は歌うし、お城とか綺麗なものは好きだけれど…詳しくは分からない。ただ、エリックは私の歌を嫌いではなさそうだから、良かったなと思う。



公園に行くために、ビルを出るとき、ダリウスとすれ違った。

ダリウスは、エリックの秘書をしている、とっても意地悪な男。彼は、私をキツい瞳で睨んできたわ。でも、私は睨まれるようなことはしてない。彼は私に聞いてきた。「お前は、彼を愛しているのか?」って。だから、私は言ってやったの。仮に、愛していたらどうなの?って。だって、彼が愛しているのは私じゃないから、意味がないでしょうって。

エリックは、クリスティーヌという女性を愛しているわ。

エリックは、とても独り言が多くて、自分では気づいてないだけで色々しゃべっている。その中にその名前はいつもあって、新聞を読み始めた私は、オペラの記事にそれを見つけ出した。それで、合点がいった。彼が今熱心にオペラに取り組んでいるわけが。


私は、とうの昔にエリックを好きになっている…。


それが許される愛かは分からない。
私には出逢うはずの誰かが向こうの世界にいるはずだったから…。

でも、私は風変わりな仮面を付けた彼に…何かを見つけたのだ。実はとても親切で、優しい人だってこととか。

なのに、自分の気持ちに気付いた途端に失恋してるだなんて、いっそ笑いたい気分よ。

それでも、私はこちらの世界に他に頼れる人は居ないし、彼は私の様な怪しい女にとても親切にしてくれるから、居心地は悪くない。このまま穏やかに居られたら…いいなと思う。つかず離れずで、居られたら。


「やぁ、レジーナ」

すっかりお馴染みになった、公園前のカフェでランチのベーグルサンドとラテを頼んで。オーナーとおしゃべりしながら、ランチタイム。傍らの新聞には、オペラの記事があって、オーナーも注目しているんだって話してくれた。

「このクリスティーヌって方は凄いの?」

「あぁ、ヨーロッパ一の歌い手だと言われてるよ。あ、でも、僕はレジーナの歌も好きだけどね。」

そういって、オーナーはウインクを一つよこして、私は笑った。

ランチが終わると、お散歩。
…その途中で、見かけない少年が、寂しげにベンチに座っていた。服装はとても清楚で、とびきりハンサムな少年だった。一人みたい。

「こんにちは。一人なの?」

此処では、こういう気軽なコミュニケーションがお決まり。私は努めて明るく、そしてにこやかに話しかける。私を見上げてきた少年は…ほんと、ハンサムだわ。一応、おとぎ話出身の私としては、ハンサムな人ってよく見ていると思っていたけれど。

隣に座り込んだ私と少年の他愛ない会話が始まった。フランスってところから来たらしく、少しだけ言葉が違うみたい。

「最近、ママの元気が無いんだ。」

心配そうに言った少年に、私は「貴方がお母様を想ってることを伝えれば、きっと元気になるわ。」と言った。

「私はね、元気が無い時や哀しい時は、歌を歌うの。歌は好きかしら?」

「…僕のママは、歌うのがお仕事だよ。僕は、あまり歌ったことは無いけど。だから、分からないや。」

「歌って、とても素晴らしいわ。来てみて。」

私は、少年の手を取ると、時々一緒に歌うトリオの所に行った。

「元気かい、レジーナ。」

「こんにちは。ねぇ、何か元気になる曲はあるかしら?彼を元気にしたいのよ。」

私は手短にこういうのがいいわと説明した。

「だったら、あれを歌おう。」

彼らが提案してきたのは…私がとても好きな曲の一つ。これを歌うと、みんな心地良くなる歌よ。

私は少年の手を引いて、微笑む。

だって、この歌を歌うのは私達だけじゃ力不足。みんなに手伝ってもらわなきゃ。戸惑う瞳に笑いかけて、私達は歌い出した。

想いを伝えて、その曲を。









「レジーナ、すごい」

少年、彼はピエールという名前で、ピエールがキラキラした目で私達にそう言った。私はこの歌が大好きだし、この歌を好きになってくれるみんなが大好きよ。歌はみんなを幸福にしたり、慰めたり出来る素晴らしいものなの。

「ピエール、こっちに来てみて。」

私は、ハミングで白い鳩を呼んだ。
さっき貰った、お花で出来たリースを2羽に託す。きっと彼らがこのお花のリースをピエールのお母様に届けてくれるわ。

「お母様の名前を教えて頂戴」

ピエールが、応えた名前に、私は目を見開いた。
あぁ、とても皮肉な巡り合わせだわ。

「このお花を、クリスティーヌ・ド・シャニーに届けて頂戴。」

私は2羽にキスをすると、飛び立っていった。


「帰ったらきっと、お母様は感激してるわよ。」

「ホテルも分からないのに?」

「大丈夫よ。あのコ達はとても賢いの。」

私は、もう一度微笑む。
…上手く笑えているかしら。






翌日。
いつものように、ランチベーグルとお散歩をする私に話しかけて来たのはピエールだった。キラキラした瞳で、お母様が感激してたと言ったわ。


「レジーナ、僕も時々一緒に歌っていいかな?」

「もちろんよ。でも、ピエール、貴方のお母様の歌に比べれば、私の歌は酷く物足りないものだと思うわ。お母様は素晴らしい歌い手だから。」

「そんなことないよ。僕はレジーナの歌に感動して、歌っていいなって思えたんだから。」

「…ありがとう。」

その言葉は、素直に嬉しいものだった。
それに、ピエールは、とても素敵な少年だった。ハンサムとか、そういう意味ではなくて、心が綺麗でやましいところがない。
私は自分が少し恥ずかしくなった。何故、恋のライバル…正確にはもう私の敗北は決まっているのだけれど、ライバルの息子と仲良くしなきゃならないのと、神様を恨んでいたから。

「私は殆ど毎日、午後はこの公園で過ごすわ。あのカフェでランチをしているし。」

「分かった。レジーナ、よろしくね。」

にっこりと笑うピエールに、私も微笑む。



こうして、私と少年の皮肉な友人関係が始まった。


***

「魔法にかけられて」から「That's How You Know」。
これはもう、見てもらうしか、素敵さを表せない一曲。ぜひ、YOU TUBEなどで・・。






 

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