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□Part Of Your World
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愛が無いのに抱かれたのか、と。

エリックが私にそう問いかけた。

そんなわけないじゃない。
身代わりであろうと一夜の関係だろうとかまわないと想ってしまったのは、愛しているから。


私はおとぎの国の人間だ。
だから、夢を見ていたわ。


いつか王子様が迎えに来てくれるとか、お城の舞踏会、一目見て運命と分かる恋、真実の愛のキス…そんな具合に。
それらはおとぎの国でも少しは古めかしくて、自力で道を切り開かないといけないことも分かってる。でも、やっぱり夢は見続ければ、信じ続ければ叶うのだと想ってた。

それはこちらに来るまでの私。

この世界は…夢を持たない、持っていても密やかで、叶いっこないと思っている人が沢山いる。もちろん、ニューヨークと呼ばれるこの大都市で夢を追いかけている人も沢山いるわ。両極端な世界。

エリックは…なんだか哀しい人。

クリスティーヌを愛しているのに、それを露わにはしない。真っ直ぐに愛を表すのではなくて、なんだか後ろ向きにすら思えるの。クリスティーヌやマンハッタン・オペラハウスの記事を読む時、彼はいつも険しい顔をしてる。

でもね、私と居るとき、時々だけど笑ってくれる。

そんな顔を見た時は、私がずっとこんな気持ちにさせてあげられたらどんなにいいかしらって思うの。

顔色が優れない事は気付いていたし、食欲が無いことも察していた。そんな彼が真夜中私に求めたのは…身代わりの愛の時間。私は彼を愛しているから、哀しいけれどかまわなかった。彼が少しでも満たされて眠れるなら。


ぐっすりと眠り込んだエリックが傍で眠っていて、私は安堵した。その瞬間、自分がしたことは間違っては居なかったと思うことが出来たのだから。いつまでも眺めていたい気持ちを殺して、私はベッドを抜け出した。恋人でもないのに、朝まで一緒にはいられない。同じ朝を迎えてしまえば、多分私は自分の気持ちを抑えきれなくなるだろう。守りきらなければならない一線。


翌朝。


慌てて起きてきたエリックは、仮面すら忘れていた。およそ彼らしくない慌てようで、服もどこか乱れ気味で。思わず剥き出しの右側に触れた。彼は驚いて謝ってきたきたけれど、私は構わなかった。

『愛している』

彼が私を捕まえて、束の間のキスを交わした後に。まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったから…驚きは隠せなかったかもしれない。気紛れの関係に不似合いな台詞に、私は彼を咎めた。

クリスティーヌへの愛を今に思い出すわ。
彼女の姿を見て、歌を聞いてしまえば。

だから…一時でも私を甘やかさないで。


その言葉が本当に私のものだったら、どんなに…。
あぁ、辞めましょう、考えるのは。



私が、貴方の世界でどんな風に映っているかなんて。



それらは全て昨日の出来事。
独り寝の夜を寂しいと想ったのは気のせいだと、今朝自分に言い聞かせたばかり。


実際、今朝の私達はいつも通り、何一つ変わらなかったじゃない。

溜め息を忘れるために、私はいつものように散歩に出掛けた。


いつものカフェに入ると、ピエールが私を待っていた様子で近付いてくる。

「レジーナ、おはよう。これ、渡したくて。」

「おはよう、ピエール。何かしら?」

彼は、クリスティーヌの息子。
それを思い出してしまうと少しだけ胸が痛んだ。ピエールやクリスティーヌは何も悪くないのに、私が勝手に嫉妬してるだけ。

「明日のチケットと、パーティーの招待状だよ。レジーナ、素敵な格好で着てね。」

そう言って、ピエールは私にチケットを握らせ、ウインクした。あぁ、私はもう逃げられないわね。私の恋のライバルからは…。

「こんな貴重なもの…。でも、ありがとう、楽しみにしているわ。ピエールの歌も、お母様の歌も。」

「あと、一つお願いがあるんだ…」

「何かしら。」

「あのね…」

ピエールは、私の耳元でお願いを口にした。

「ピエール、本気?」

「もちろんだよ。」

幼くも、どこか大人びた笑顔に。
私は断ることが遂に出来なくて…その願いを聞き入れた。

「私も居るから、大丈夫よ、レジーナ。」

私の肩に手を添えたのは、マスターの妹のケルシーだった。
彼女は、大学で作曲を専攻していて、カフェの奥で時折ピアノや自作の曲を披露している。だから、私とピエールは彼女の曲づくりを時々手伝っている。歌うという形でね。

「ケルシー、明日のドレスを選ぶのに付き合ってもらえるかしら?」

「もちろん!レジーナ相手に着せ替え出来るなんて素敵だわ。早速行きましょう!」

「その前にランチだろ。ほら、レジーナ。」

「ありがとう。」

マスターが私の前にお決まりのラテとベーグルサンドを置いてくれて、暫しランチタイム。その間にもどんなドレスが良いか、4人で談笑しながら時間は過ぎた。


私がドレスにバックにアクセサリーを抱えて、慌てて帰宅したのは17時を少し過ぎた頃。

夕食は、明日のオペラハウスの開演を祝うつもりでいつもより少し豪華にした。一応ワインも用意したけれど…エリックの口に合うかは分からないから少し不安。それより、私はちゃんと笑って、明日のお祝いとおめでとうを言えるかしら。でも、ちゃんと言わなくちゃ…。

19時を回る頃、エリックが仕事を終えてダイニングに姿を見せた。

「今日は随分豪勢だな。」

「えぇ、だって、エリック…明日はマンハッタン・オペラハウスの初日だわ。おめでとう。貴方の夢が叶う日よ。」

そう言って、私は乾杯をするために、彼のグラスにワインを注いだ。

カチリとグラスを合わせて始まったディナーに私は安堵した。とても普通に祝福を言えたし、ディナーは和やかに始められたのだから。私達の会話も他愛ないもので、何一つ気まずいところはなかった…例え、二人とも心の奥に何かを隠していたとしても。私はちゃんとエリックと、マンハッタン・オペラハウスを祝うことが出来るんじゃないと晴れやかな気持ちになったのだ。明日の事を思うと、少しだけ不安だけれど…明日の事は、明日考えるしか無いわ。



明日はどんな風にドレスアップするか考えながらバスルームを出た私の手を引いたのは…エリックだった。






***

リトルマーメイドから「Part Of Your World」です。
この曲は、アリエルが人間の王子、エリック(いや、偶然だね・笑)に惚れた時に歌うわけなんですよね。人魚の自分と、人間の王子…違う世界の二人。あぁ、あなたの世界に行きたいわ、的な歌です。

やっぱり、アラン・メイケンの曲は素晴らしいですね・・。




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