side M
□Everyday
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マンハッタン・オペラハウスは大成功をおさめた。
拍手喝采、スタンディングオベーションの中。
舞台の上で再びクリスティーヌと歌い、いつかは聞けなかった賞賛と歓喜…それらが私にも贈られたのだ!
その後、一部の観客、彼らは上流階級の人間がほとんどだ、を招いてのパーティーが開かれた。
そこでも、クリスティーヌの歌やこの作品についての様々な見解や感想が行き交う。私が手掛けたオペラと配役に具合の悪い所などあるはずもないが、コメントがどんなに陳腐なものでも、こんな日は嬉しく感じるものだ。
舞台衣装のままならば、私の容姿でも異物だとは思われない。顔を損傷した設定の役柄なのだから、顔は覆われていて当然だ。私が誰もオペラハウスの真の主だと気付いていなくとも、かまわない。かつてオペラ座でひっそりと、人々の恐怖と罪を背負い生きていた私ではないのだ。
舞台は簡易パーティー会場に姿を変え、テーブルには料理と酒が乗り、人々は酔いも手伝い楽しそうにしている。
「こんばんは。ご一緒しても?」
舞台袖に居た私に声をかけたのはピエールだった。
自分にはジュースを持ち、私にワイングラスを差し出してくれる。それを受け取り、軽くグラスを合わせた。
「歌、素晴らしかったです。僕、今までママの歌を聞いてもあまり感動って分からなかった。でも、今日は本当に二人の歌に感動出来たんです。」
「君の歌も素晴らしかった。あれは、歌に感動出来ない人間の歌う歌ではない。ちゃんと感動がある。」
ピエールは、私の賞賛に微笑んだ。
目元が、クリスティーヌそっくりだ。
「僕に歌を教えてくれた人が、歌がこんなに素晴らしいものだって気付かせてくれたんです。そう…僕にとっての音楽の天使だ。昔、ママが言ってた音楽の天使の話みたいに。」
その言葉に私は驚いた。
私は、結局クリスティーヌの音楽の天使では終えられなかったのだから。なのに、彼女は辛いはずの話を、昔自分が信じていた時の様に語ったわけだ。
「ママと貴方に会わせたいんです。僕の音楽の天使に。かまいませんか?」
「もちろんだ。私は素晴らしい歌い手なら歓迎するさ。」
微笑んだピエール。
クリスティーヌが私達を見つけて、少々躊躇いがちに傍にきた。そんな母に、ピエールは同じ言葉を口にしたのだ。私達に会わせたいと。私とクリスティーヌは、不思議な気持ちで一瞬視線を合わせてから頷いた。
「二人に、聞いて欲しい。」
そう言って、舞台端のピアニストに話しかけにいった。
いくらか言葉を交わし、他のメンバーにも合図をしてから、彼は観客に話し出した。
「皆さん、今晩は。ピエール・ド・シャニーです。この場を借りて、オペラではないけれど…僕の大切な音楽の天使を皆さんにご紹介します。彼女の歌は、とても素敵で、僕の音楽の天使、僕の歌を導いてくれました。歌がとっても素晴らしいものだと僕に気付かせてくれたんです。彼女の歌が皆さんを素敵な気持ちにさせるはずです。そして、僕らの歌を…今日の主役の二人へ。」
ピエールが私たちに微笑むと、周りはライトダウンして、彼を映し出した。
軽快なピアノに…彼の声が乗る。
Once in a lifetime
Means there's no second chance
そんなフレーズから始まった歌。
私の人生がなぜかふと蘇る気がする。
続いた歌声に…私は耳を疑った。
天使の歌声の様にどこからともなく響いてくる声。
ピエールの声と重なり、融け合う。
会場の後方から現れたその声の主。
全て、納得がいった。
ピエールの歌に感じた不思議と甘美な響きの正体、耳に馴染みがあると思うのに、自分やクリスティーヌとは違うと感じていたこと。それもそのはずだ。その響きは誰でも無い、彼女の…レジーナの歌と同じだったのだから。
完璧なハーモニー。
それは、技術や才能を凌駕して心に響く声だ。
二人が手を取り合った時、感じた嫉妬を押し隠すのに必死で。
どうして二人が知り合いなのだとか、こんな歌を歌えたのかとか、知りたいことは浮かんでは消え、言葉にするのが難しかった。
二人の歌に、周りが魅せられ、心地よい歌と音楽に同化していく空気。
私の知らない彼女の歌と表情を前に込み上げる散り散りな気持ちをかき集めながら、歌い終えた二人に向かって震える手で拍手を贈った。
***
「ハイスクールミュージカル2」から「Everyday」です!!
これは、ユーチューブで動画を見ていただくのが一番かな。歌詞ももちろんあるんですが、良い訳がなかなか;
二人の歌ってる場面シーンは本編をイメージしてるので。