指に触れる愛
□ヒロイン
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僕たちは、デートという言葉とは無縁だ。
初めて会ったのは空港で、再開も空港だった。
まともに向き合ったのは都内のホテルで、そのあとは、決まって家か宿泊先。
同じ時間を共有すること自体が難しいし、一緒に外に出るのも難しい。だから、仕方ないといえば仕方ない。
「こっちなら、自由なのかな…」
僕は、雪空を見上げた。
練習の拠点にしているトロントの空は、日本と比べて冬が長めだ。だから、今日もまた朝雪が積もって、一面を白く染めていた。
そんなに詳しくはないけど、日本はやたら週刊誌のゴシップが盛んだ。誰が付き合った、別れた、不倫したなんやかんやで有名な人がたたかれたり、傷ついたりする。自分で有名人だなんていうつもりはないが、用心するに越したことはない。
ただ、こちらではハビエルには恋人がいるし、選手同士で付き合ってるメンバーもいて、全然オッケー、自由なかんじだ。それが羨ましくなるときがある。
ポケットから、とびきりお気に入りのイヤホンを出して、つけた。
こんな感傷的な気持ちになるのは、歌のせいだ。
こないだ、日本に戻ったとき、たまたま流れてた曲にはっとさせられたんだ。
ダウンロードした曲が、流れてくる。
「きみがいい、か…」
一緒に雪を見たこともない。
それ以前に、僕が知っているのは、大人びたスーツ姿と、柔らかい肌と、安心をくれる手。
雪を見てはしゃいだりするのかな。
いつもは、彼女が年上だからかもしれないけど、余裕がかんじられる気がする。僕は、離れたくないとか、わがままなことばかり考えているのに蓮は落ち着いて「いってらっしゃい」と言う。
それが、憎らしくて、愛しい。
綺麗な笑顔が見たくない訳じゃない。
でも、もっと、素を見たいなって。
来月の試合が終われば、遂に今シーズンは終了。
デート、したいなって。
そんなことを言ったら、なんていう?
デートできないのは、自分のせいなのに、僕がデートしたいって提案するのもな。でも、蓮から提案してくれることなんかなさそうに思える。
悪い意味でなく、僕を気遣って、言わないようにするタイプだろうから。
携帯を眺める。
トロントと東京の時差は、13時間。
だから、日本は夜。
多分、仕事からかえって、まだ起きてるはずの時間だとおもう。
考えてる間に、指先はコールしていた。
『もしもし』
「…」
電話越しの声。
それだけで、なんだか胸がぎゅっとなる。
感傷的になりすぎたのかな。
『結弦?』
「蓮、デートしたい」
『…』
唐突にそれだけ言った僕。
なんで、沈黙なの。
吐息も感じられないような間が怖い。
「デートしよ」
僕は、駄々っ子になったみたいに、もう一度繰り返した。
『楽しみにしてる』
ため息に似た、囁き声で、彼女がそう返した。困らせたみたい。
「本気にしてないんだ?」
『無理しないで』
応えになってないよ、蓮。
どんどん困らせるような言葉を重ねる自分が嫌になる。困らせたいわけじゃない。純粋に、好きだから、一緒に居たいだけなのに。
『ねぇ、どこにデート行きたいの?』
「…どこってないんだけど」
『プーさんに会いに行く?』
彼女から、そんな王道の提案が出ると思っていなくて。
そういえば、僕はあんまり趣味の話なんてしたこともないし、世間のイメージで考え付いたのかな。
『すきじゃないの?』
「蓮は、好きなの?」
『わたしは好きよ。良く行くもの。』
「聞いたことない」
僕はムッとして。
そんなこと知らなかったから、なんか面白くないなって。僕の声のトーンに、蓮は、聞かれなかったもの、と困ったように言った。
「行く。デートしよ。来月、日本に帰ったら、絶対行くから。」
『分かったわ。楽しみにしてる。』
少しむきになった僕に、かれんはまた、困ったように笑って。
『準備は任せてもらっていい?』
「うん。絶対行くから。」
絶対、ともう一度念を押した。
『結弦、ありがと。』
「なんで、蓮がありがとっていうの。」
それは、僕でしょ。
こんな、むきになったり、駄々っ子みたいに、いかにも年下の態度になって。
そんなカッコ悪い僕に、ありがとうって。
『日本で待ってる。身体に気を付けてね』
「うん。」
そうして電話が切れたけど。
優しい声が、聞けたから。
自然に、笑みが浮かんだ。
鞄を抱え直したら、僕は踏み出す。
デート、するんだ。
練習がんばって、試合に勝って。
日本に帰って、ただいまをいうんだ。
もう一度、イヤホンをして。
まだ見たことない笑顔のきみを思い描いた。
end
***
back number「ヒロイン」の歌から。聞きつつ妄想して頂けたらと思います。
管理人、別にバックナンバーファんというわけでもないのですが、ドラマ「5→9」の影響で聞いてて、これにすごく妄想が浮かんだので。
デート編は後程。