指に触れる愛
□わたしはファントム
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「お邪魔します」
貰った合鍵。
住人不在の部屋に入るのには一応抵抗があるから、せめても一言断ってから入った。
この部屋にお邪魔するのは、まだ2度目。
一人で入るのははじめてだ。
テーブルの上に、僕宛のメッセージ。
『結弦へ
おかえり。冷蔵庫の中の飲み物とか、好きにしてくれていいからね』
冷蔵庫を開けてみると、きれいに整理されて、スポーツドリンクとか、買っておいてくれたのかなぁっていうドリンク類。あとは、生活感が表れている食材。
そういえば、料理とか得意なのかなって、まだまだ知らない部分に想いをはせた。
僕はどちらかというと食が細くて、たくさん食べるのは得意じゃない。アスリートは食べるのも仕事で、スタミナや身体作りには必要なんだけど。
住人不在をいいことに、一通り、部屋のなかを散策させてもらう。
ちょっとは悪いと想いながらも、知りたい気持ちがつよい。二人でいられる時間が短いから、時間は有効活用しないとと自分にいいわけをする。
ディスプレイタイプの本棚には、雑誌やいろんな本。風景の写真集。風景の写真集の裏に、僕の写真集が重なってた。隠したつもりなのかな。
それから、DVD。
まだ時間がありそうだから、何か見てみようかなと、タイトルを確認する。そのなかに、僕が演じたプログラムの映画があって、しかもボックスタイプ。結構レア物そうだから、取り出して眺めた。
久々に見ようかな。
この作品はとっても長いから暇潰しにはなるだろう。
この作品の音楽は、いろんな選手がこれまで使用してきた。
映画のものだけでも多数、舞台のものもあるし、僕たちフィギュアスケーターも含めて、題材とされてきた。
まさか、ここで見ることになるとは。
何で持ってるのか、あとで聞いてみないとな。
そうして、DVDを再生したら。
映画の世界に飛び込んだ。
鍵を回す音に気づいた。
僕ははっとして、玄関に急ぐ。
「ただいま」
「おかえり」
なんだか、当たり前の挨拶にくすぐったさを感じる。
どちらからともなくハグ。
「オペラ座みてたの?」
「そう」
「なんでこんなの持ってるの?」
ボックスを指差す。
「結弦が使用した作品だったし、ってわけじゃなくって、もとからこの作品が好きだからよ。」
「なにその言い方」
からかわれてるのがわかって、わざと不機嫌そうに返した。
「わたしはファントム」
彼女は言った。
「結弦がクリスティーヌ。わたしはクリスティーヌがすきですきで、でも同じ世界を見られなくて、悲しいファントム。いつか、ラウルがあらわれて、クリスティーヌは去っていく。」
「なにそれ」
僕は、いつか去っていくって思われてるのか?
「誰の心にもファントムがいる。わたしにも。だから、この作品が好きなの。」
だからって、なんか凹むんだけど。
「僕はクリスティーヌじゃない。蓮はファントムじゃない。僕は離れてなんかいかない。」
頬を包み込んで、おでこを合わせた。
だって、同じで、僕も好きで好きだって知ってほしかったから。
「ありがと」
彼女は一言そういった。
残念ながら、この話はハッピーエンドではなくて。不思議な終わり。
それがまた、見る側の想像力をかきたてる。
「love never dieね」
「なにそれ」
「オペラ座の続編」
「続編あるの?」
「そうよ。わたしも、ファントムと同じ。知らなかった頃には戻れないから、ずっと思い続けると思う」
彼女は至近距離で、囁いて、僕の頬を撫でた。
「それって、僕を誘ってる?」
すごくすごく、僕を好きでいてくれてるってことでしょ。
そんなのいわれたら、こっちもおかえししないといけないし。もちろん、僕からは言葉じゃなくて行動で、だけど。
「誘ってないから大丈夫」
するりと僕の腕から抜け出した彼女が悪戯に笑って。
「ごはんしよ」
って、言ってくれたから。
初めての手料理にテンションがあがって、あとでその分もおかえしをしようと思いながら、料理を始める背中を眺めた。
僕はファントム。
ファントムが魅力的な声でクリスティーヌを虜にするように、僕はスケートなのか、何かで彼女を虜にしたい。
僕から離れないように繋ぎたい。
同じプログラムでも、そのときの感情や解釈によって、スケーターの表現は変化する。
もし、次にこれを演じるときは、以前とは違う表現で踊るだろう。
end
***
なんか、おちが微妙でショックです(涙)