指に触れる愛
□薬指にくちづけを
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男は、ときめきや情熱。
女は、連続性、日常性と信頼。
それを聞いたとき、ハッとした。
そして、納得した。
部屋で一人、ぼんやりテレビを見ながら、紅茶を淹れた。
なんだか、疲れがたまっているのか、身体がだるく感じる。
そのとき、テレビで著名な心理学者の先生が、男女の恋愛観について解説していた。
それが、「男はときめきや情熱、女は継続性、日常性と信頼を求める」だ。
だから、だ。
それを聞いて、思い浮かんだ。
だから、わたしは彼との一線を縮められないんだと。
自分で決断して、恋人になって。
時間があれば会って、抱き合う仲にはなった。
遠すぎる遠距離恋愛、違いすぎる世界。
無意識に、いつか捨てられる自分を思って、踏み込めない自分に気づいてる。
いつも、大人な自分を演じて、物わかりのいいふりをして、あと一歩深くにはいかないように。
好きだから。
運命という言葉があるなら、そうなんだと信じたい位の巡り合わせと感覚。
それに背中を押されて、恋人になって、知れば知るほど好きになって。
大人びたところ、くしゃくしゃの笑顔、でもちょっと意地悪なところ、テレビや雑誌では見れない表情。わたしを呼ぶ声。
どんどん重なって重なって、好きすぎて身動きがとれない。
それらが、ずっと傍にあるものなのか、とても自信がない。
病は気からというけれど。
どんどん考えすぎて頭痛がしてきた。
ソファにそのまま倒れこむ。
あまり体調が悪くなる方ではないから、逆に堪える。ぼんやりした頭で、明日の仕事予定を思い浮かべた。外回りや重要な予定はないから、最悪なんとかなる。
「…もしもし」
そのとき、鳴った電話を取った。
『蓮?もしかして、寝てた?』
相手は彼。
掠れ声の私に、申し訳なさそうに問いかける。
「ううん、寝てないけど。ちょっと…」
『ごめんね、電話して』
「ううん、」
『もしかして、しんどいの?』
「…多分、寝たら大丈夫」
『すぐ寝るんだよ』
「ごめんね、電話してくれたのに。なにかあった?」
『いいから、もう寝よ。お休みを言いたかっただけ』
「ありがと」
せっかくかけてくれた電話なのに罪悪感。
でも、なんだか短い会話の中で、わたしの不調が分かるくらいなんだって思うと、すごく恋しくなった。
体調が悪くて弱っているときだから、余計に。わたしのことをわかってくれて、ずっと傍にいてくれるんじゃないかって期待しそうになる。
彼の名前を呟いて、わたしは目を閉じた。
朝、時計を見るとまだ5時。
身体が熱くて、熱さで目が覚めた。
頭が痛くてだるい。
これは、本格的に体調を悪くしたらしい。
春は、冬以上に体調が不安定になりやすいとCMで言ってた気がする。
さすがに会社を休まざるを得なくて、まだ誰も出勤してない時間だから、ひとまず上司にメールをした。また後で追って会社に電話するなりしよう。
届いていたメッセージを見ると、彼から。
「大丈夫?」って。
正直、大丈夫とはいえない。
なんと返すか迷って、「昨日はごめんね。今日は会社休むことにした」と送った。『わたし』らしくはないかもしれない。でも、大丈夫とおくるのも嘘みたいで嫌で、うまい言葉が見つからなくて。
いつ彼が来てもいいように、スポーツドリンクを数本ストックしていて、それがこんな形で役立つなんてと思いながら、キャップを回した。力が入りにくくて苦戦。風邪を引いたとき心細くなるのは、独り暮らしあるあるだ。
もう一度、ベッドに戻ったら、熱のせいですぐに辛くなって、眠りに落ちた。
額に冷たい感触。
熱い身体に心地好くて、目が覚めた。
「起こした?」
優しい声。
「…結弦?」
ベッドサイドに居ないはずの人。
声がして、夢心地の気分で視線をあげた。
「具合はどう?」
「わからないけど、ちょっとだけましになったかなって」
「よかった」
「…今日のスケジュールは、いいの?」
「夕方までは自主練だったから、夜はさすがにキャンセルできないけど」
オフシーズンにはいって。
少しの間、実家のある仙台で過ごしている。トロントよりは近い距離とはいえ、遠距離には違いない。
しかも、忙しさは知っているつもり。
「ごめんね、」
「何で謝るの。僕が勝手に来たのに」
ひんやりした手が、わたしの熱い頬を撫でる。
「だって、色々キャンセルさせて、お世話させて」
「蓮だけの特権だからね。僕の時間をあげていいのも、ワガママ言っていいのも。全部はむりでも、それはお互い様でしょ?恋人の心配くらいさせてよ。大丈夫って言わないで」
熱に浮かされて、ぼーっとした頭に、その言葉が何故かすっと染み込んで来る気がした。
「結弦、手…握って」
わたしより体温が低い手が、わたしの熱い手を取った。
手を繋ぐと言い様のない安心感がある。
そこに、女の求める日常性と信頼があるかのように。
熱のせいと、安心とで瞼が重くなって。
わたしはまた、眠りに落ちていった。
「ゆづる、…そばに、いて…」
優しい手に、そう祈っていた。
「蓮、もうちょっとだね…」
眠りにつく途中、優しい声がそう囁いた。
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