指に触れる愛

□薬指にくちづけを
1ページ/2ページ


男は、ときめきや情熱。

女は、連続性、日常性と信頼。

それを聞いたとき、ハッとした。



そして、納得した。


部屋で一人、ぼんやりテレビを見ながら、紅茶を淹れた。
なんだか、疲れがたまっているのか、身体がだるく感じる。

そのとき、テレビで著名な心理学者の先生が、男女の恋愛観について解説していた。

それが、「男はときめきや情熱、女は継続性、日常性と信頼を求める」だ。


だから、だ。

それを聞いて、思い浮かんだ。
だから、わたしは彼との一線を縮められないんだと。

自分で決断して、恋人になって。
時間があれば会って、抱き合う仲にはなった。


遠すぎる遠距離恋愛、違いすぎる世界。


無意識に、いつか捨てられる自分を思って、踏み込めない自分に気づいてる。
いつも、大人な自分を演じて、物わかりのいいふりをして、あと一歩深くにはいかないように。


好きだから。


運命という言葉があるなら、そうなんだと信じたい位の巡り合わせと感覚。
それに背中を押されて、恋人になって、知れば知るほど好きになって。
大人びたところ、くしゃくしゃの笑顔、でもちょっと意地悪なところ、テレビや雑誌では見れない表情。わたしを呼ぶ声。
どんどん重なって重なって、好きすぎて身動きがとれない。

それらが、ずっと傍にあるものなのか、とても自信がない。


病は気からというけれど。
どんどん考えすぎて頭痛がしてきた。


ソファにそのまま倒れこむ。
あまり体調が悪くなる方ではないから、逆に堪える。ぼんやりした頭で、明日の仕事予定を思い浮かべた。外回りや重要な予定はないから、最悪なんとかなる。

「…もしもし」

そのとき、鳴った電話を取った。

『蓮?もしかして、寝てた?』

相手は彼。
掠れ声の私に、申し訳なさそうに問いかける。

「ううん、寝てないけど。ちょっと…」

『ごめんね、電話して』

「ううん、」

『もしかして、しんどいの?』

「…多分、寝たら大丈夫」

『すぐ寝るんだよ』

「ごめんね、電話してくれたのに。なにかあった?」

『いいから、もう寝よ。お休みを言いたかっただけ』

「ありがと」

せっかくかけてくれた電話なのに罪悪感。
でも、なんだか短い会話の中で、わたしの不調が分かるくらいなんだって思うと、すごく恋しくなった。
体調が悪くて弱っているときだから、余計に。わたしのことをわかってくれて、ずっと傍にいてくれるんじゃないかって期待しそうになる。

彼の名前を呟いて、わたしは目を閉じた。




朝、時計を見るとまだ5時。
身体が熱くて、熱さで目が覚めた。

頭が痛くてだるい。
これは、本格的に体調を悪くしたらしい。
春は、冬以上に体調が不安定になりやすいとCMで言ってた気がする。

さすがに会社を休まざるを得なくて、まだ誰も出勤してない時間だから、ひとまず上司にメールをした。また後で追って会社に電話するなりしよう。

届いていたメッセージを見ると、彼から。

「大丈夫?」って。

正直、大丈夫とはいえない。

なんと返すか迷って、「昨日はごめんね。今日は会社休むことにした」と送った。『わたし』らしくはないかもしれない。でも、大丈夫とおくるのも嘘みたいで嫌で、うまい言葉が見つからなくて。

いつ彼が来てもいいように、スポーツドリンクを数本ストックしていて、それがこんな形で役立つなんてと思いながら、キャップを回した。力が入りにくくて苦戦。風邪を引いたとき心細くなるのは、独り暮らしあるあるだ。

もう一度、ベッドに戻ったら、熱のせいですぐに辛くなって、眠りに落ちた。



額に冷たい感触。
熱い身体に心地好くて、目が覚めた。

「起こした?」

優しい声。

「…結弦?」

ベッドサイドに居ないはずの人。
声がして、夢心地の気分で視線をあげた。

「具合はどう?」

「わからないけど、ちょっとだけましになったかなって」

「よかった」

「…今日のスケジュールは、いいの?」

「夕方までは自主練だったから、夜はさすがにキャンセルできないけど」

オフシーズンにはいって。
少しの間、実家のある仙台で過ごしている。トロントよりは近い距離とはいえ、遠距離には違いない。
しかも、忙しさは知っているつもり。

「ごめんね、」

「何で謝るの。僕が勝手に来たのに」

ひんやりした手が、わたしの熱い頬を撫でる。

「だって、色々キャンセルさせて、お世話させて」

「蓮だけの特権だからね。僕の時間をあげていいのも、ワガママ言っていいのも。全部はむりでも、それはお互い様でしょ?恋人の心配くらいさせてよ。大丈夫って言わないで」

熱に浮かされて、ぼーっとした頭に、その言葉が何故かすっと染み込んで来る気がした。

「結弦、手…握って」

わたしより体温が低い手が、わたしの熱い手を取った。


手を繋ぐと言い様のない安心感がある。
そこに、女の求める日常性と信頼があるかのように。


熱のせいと、安心とで瞼が重くなって。
わたしはまた、眠りに落ちていった。

「ゆづる、…そばに、いて…」

優しい手に、そう祈っていた。



「蓮、もうちょっとだね…」


眠りにつく途中、優しい声がそう囁いた。

next



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ