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□君は僕の魚
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相手が名前じゃなかったら、絶対にこんな面倒なことはしない。

本当は昼間に来るのがいいのだろうけど、極力ばれないように配慮しなくてはいけないから、仕方なく夕方以降。暗くなり始めた待ち合わせ場所で、チケットを二枚買ってから、待った。
俺を待たせるなんてって思うけど、相手は仕事があるから仕方がない。

「ゆづくん、お待たせ」

「ん」

少し息を切らしながらやってきた名前は、珍しくスカートを履いていた。

「ほら、行くよ」

「ありがと」

チケットを一枚手渡して、約束の水族館に入る。
金曜日の夜とあってか、閉館まで長くはないのに人は多目だった。
見つかると面倒だから、一応マスクを引き上げる。

「何から見る?」

横にいる名前に聞こうとしたら、居ない。
後ろを見ると、入り口近くの人波に紛れて進めずにいた。なんでそうなるんだろ、と半ば呆れながら戻る。

「なにやってんの」

「ごめん」

手を引いて、横に並ばせる。
こんな人の多いところで止まるなんて考えられない。まあ、俺も早足になってたし、ちょっと反省しつつ、今度はちゃんと並ぶ。

大体、仕事の時はこんなどんくさい感じじゃなくて、ちゃんとしてるみたいに見えたのにプライベートはほんと違う。
名前は、俺のスポンサー企業の新卒で、オフシーズンにスポンサーのインタビュー等々を受けているときに出会った。その時は、ちゃんとしてる感じだったのに。
まぁ、そのギャップも今となっては目が離せないひとつの要素かもしれない。

青空と生き物たちというのが、この水族館の一番のウリだとは思うけれど、夜景ともそれなりに綺麗だ。

「これ、見たかったの」

ペンギンの水槽を見上げながら、名前は嬉しそうにはしゃいでいた。

「ゆづくん、こっち見て」

頭上を泳ぐペンギンの姿を一生懸命見上げている。
イヤリングが水族館特有の暗がりと照明の光のなかできらりと光った。

「今日、珍しいじゃん」

スカート履いてるのも、こんなのも見慣れない。
指先でそのきらめきに触れると、名前は恥ずかしそうにした。

「だって、ゆづくんとデートだから…ちょっとはいつもより可愛くしたかったの」

名前は、素直だ。
変に言い訳したり、隠したりしない。
離れてる距離がある分、そういう素直さは有難い。
何をもって年相応かは分からないけれど、いつも年相応より少し上を見なければならない俺にとっては、年相応を思い出させてくれる存在なのかなと思う。背伸びせずにそのままでいいんだって。気を張らずに、普通でいいって。

いつの間にか、はしゃぐ名前の後をゆっくり追う形で出口まで回ると、水族館デートは終了になった。

「ゆづくん、今日はどこのホテル?」

また俺から手を繋いで、名前を隣の定位置に戻すと、小さい声でそれが聞こえた。

「名前の家行くに決まってんじゃん」

「えっ、」

「なに、ダメなの?」

「ううん、大丈夫だけど」

「ダメってゆっても行くつもりだけど」

「ごはんはどうする?」

「んー、名前が何か作ってよ。」

「美味しくなくても知らないからね」

「不味いってゆうよ、俺」

「もー、ゆづくんの意地悪!」

その反応に、俺は笑う。
本気で拗ねてるモードの名前の髪に触れて、ちゃんと食べるって、と慰めた。

そんな帰り道すらも、なんだか飽きないのは、名前が余りにも分かりやすくて、面白いからかもしれない。




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