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□tramp
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「もぅ…」
ノートPCを睨みながら、私は溜め息をついた。
11月ももう半ば、そろそろ来月からのメニューをスタッフにレクチャーしていかなければならない。スケジュールの確認とメニューの確認をしながらどう進めるか悩む。
世の中が浮かれる季節は、私たちにとってはかきいれ時だ。
だから、忙しくなることはありがたいのだけれど、クリスマスに年末年始と目まぐるしく変わるので大変だ。
「ね、名前さん、ホットチョコ作ったげようか?」
後ろから私に抱きついてきた結弦が、嬉しそうにそんな提案をしてくる。
ホットチョコというのはアレだ。最近、動画など配信されたスポンサー会社の新しいキャンペーン動画だ。それで手作りホットチョコに挑戦していた。まあ、それが撮影されたのは夏だったらしいが、寒くなっていたこれからが良い季節だろう。
「私、ミルクチョコレートは苦手なの」
「知ってるよ、だからさ」
結弦は鞄からゴソゴソとコンビニの袋を取り出すと、赤と黒の板チョコレートを取り出した。
「こっちが俺で、こっちが名前さんの。ちゃんと甘味少な目の買ったもん、偉いでしょ?」
ニコニコしながらそう言われてしまっては、断るのが難しくなる。
「じゃあ、お願い」
キッチンに移動して、嬉しそうにホットチョコを作る姿を眺める。
カップにチョコレートと牛乳を入れて、二人分の温めは1:30でいいのかな、などとブツブツ言いながら、レンジから取り出したり、もう一度温めたりしている。
職業柄、つっこみたくなるのをぐっと堪えながら、その一分と少しの間を次の手順を確認したり、
「何かトッピングする?」
と聞いてくれたりしながら、
「まずはスタンダードがいいかな」
と返事をする。
「結弦のやってた、ホットチョコにマシュマロ、ホワイトチョコは最強だった。」
「最強?」
「可愛さの最強」
「バカにしてるでしょ!」
「全然。真面目に言ってるのよ?羽生結弦がホットチョコにマシュマロ、ホワイトチョコって…感心するレベル。」
「名前さん、絶対バカにしてる…」
バカにしてる、と拗ねながらも全然嫌そうじゃない。私もからかいながら、そのからかいがじゃれあいだと分かって貰えるからこそ伝えられる。
「出来たよ!」
少しの不機嫌を装って、結弦はふたつのカップをテーブルに置き、一方を差し出した。
「ありがとう」
「どうぞ」
ワクワクした目で真っ直ぐに見つめられると少しドキッとしてしまう。
「いただきます」
一口。
それからもう一口。
「どう?」
「ビターチョコレートが牛乳でまろやかになって、甘さもちょうどいいし。美味しい。」
「ほんと?良かった!」
嬉しそうに、結弦は自分の分を飲み始めた。
「プロに美味しいっていって貰えるのって滅茶苦茶嬉しいよね」
本当に嬉しそうだ。
「でも、食べ物って好みがあるじゃない?私はまあ、確かにプロだけど、結弦が美味しいって思えるものを作れているかとはまた別だから。母親の料理には敵わなかったりとか、」
「名前さんの料理、美味しいよ。それに、家とは違うものばっかりだし。」
私の料理はどうしても、自分が得意なジャンルに寄ってしまうからだろうけど。
「スペインでは、朝食にチュロスとショコラショーが定番だって知ってる?」
「へー」
「今度、私がチュロス作るから、結弦がホットチョコ淹れてくれる?」
「いいよ。約束ね。」
自分とホットチョコレートの組み合わせは、可愛らしすぎる。
普段は甘味を少なくしたココアでさえ、何となく避けてしまう。だから、もっぱら珈琲か紅茶だ。
でも、結弦が楽しんでやってくれるのなら、私もそういう可愛らしい自分をたまには受け入れても良いのかなと思った。
「温まった?」
「ありがとう」
取り上げたカップも洗ってくれるのも、もしかしたらスポンサーの影響かも何て思いながら背中を眺めていると。
「もう、仕事は終わりでいい?」
「そうね」
「じゃあさ、」
最強の可愛い笑顔が私の前に来る。
「子供扱いはもう終わり。大人の俺を見てよ」
私のよりも甘いチョコレートの香りが鼻孔を擽り、私を包み込む。
私だけに見せる真剣で男の結弦が、抱き締めてくるのを受け止めながら、長い夜が始まった。
end