inside of a glass

□Affinity
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「何読んでるの?」

肩にかけたタオルで髪をがしがし拭きながら、真剣に本を広げる名前さんに問いかける。

「好きな作家の新作」

応えながらもどこか上の空。
本の世界に真剣に向き合ってるらしい。
机の上には、読んでる本と同じくらいの厚さのものがもう一冊あって、下、と書いている。まだまだ物語は長そうだ。

「名前さん、」

「んー?」

「喉乾いた」

「冷蔵庫になんでもあるわよ」

「自分で出来ない」

「缶ジュースもあるわ」

そういう問題じゃないんだけど。
いつもだったら、このタイミングで僕の飲み物を入れに立ってくれるのに、今日は本に負けているみたい。それが悔しくて、こんなのはしょうもない嫉妬だと分かってるけど。

「それ、面白い?」

傍にはカラーの地図があって、手にとって眺めた。それはスペインで、観光名所等が写真付きで掲載されている。何度も試合で訪れている国だけれど、観光したことってないかも。

「名前さん、」

「まだ、これから面白くなるところよ」

「ねぇ、」

僕は後ろからくっついて、腰に手を回す。顔を肩に乗せてそこから覗くと、たくさんの文字が見える。
横目に名前さんを見ると、真剣に文字を追っていて、僕のこと気にしてなさそう。

安心しきってるってことなのかな。
傍に居るだけでどきどきしたり、次どうなるんだろうとかどぎまぎした時間は過ぎたって。いい意味で、ふたりで居ても自然になったったってことはいいことなんだろうけど。でも、僕たちはそんなに長い時間一緒にいられる訳じゃない。

そんなことを考えていたら、名前さんの手が僕の手をなぞる。はっとして見てみるけれど、視線も表情もさっきと変わってなかった。そういう意味じゃなかったみたい。


悔しいな。


「本、今日は終わり」


僕は回していた手を解いて、とりあげた本に栞を挟むと閉じた。ハードカバー特有のパタンという音が終わりを告げる。

「あ、」

閉じた音と、僕が押し倒すのが重なって名前さんが声をあげた。

「名前さん」

無意識に、呼ぶ声に熱がこもる。
だって、仕方ないでしょ、こうしたいんだから。

「『羽生結弦は女を知らない』らしいわよ?」

「今そんなことゆうの?」

それは、熱狂的なファンの方達の妄想記事。
名前さんはちょっと意地悪な顔で、僕に押し倒された体勢でそんなことを持ち出してきた。
熱心に応援してくれることはありがたいけれど、時に方向性や熱量が違うなと思うときがある。協会だったりは、僕のその人気やお金をあてにしているし、それはありがたいけど、でも。

「俺に『女』を教えたの、名前さんじゃん」

「そうなの?」

知ってるくせに。

「俺だって、二十歳越えた男でさ、好きな人が一緒に居たら…」

名前さんの意地悪な唇を指先でなぞる。
憎らしいのに、愛しい、それから、欲しい。

これまでも、これからも。
欲しい『女』は名前さんだけだ。

意地悪な唇が、僕の指先を噛むから。
こら、って言いながら唇を重ねた。


「結弦、」


名前さんの呼ぶ、響きが好き。
それだけで、なんだか機嫌がなおりそうになるのも悔しくて、僕がいじめたくなった。

「んっ、」

わざとちゅ、っと音を立てながら身体中にキスしていく。

「俺が練習熱心なの、知ってるでしょ?だからさ、」

耳元で囁くのと、耳朶を食むのと。
その下を啄むのとか名前さんが好きな愛撫を全部全部施してく。

「んんっ、」

声が上がる場所も、蕩けちゃうところも、震える瞬間も、ひとつずつ俺が見つけていったところ。

緩く膝を割り開いて、奥に唇を這わす。

「ここ、好きでしょ?」

「ぁっ、ん」

舐め上げて、そこを断続的に刺激する。
太ももが震えて、奥がひくつく。

これを好きな名前さんは、このひくつく中に指を入れられると多分イってしまう。それが見たくてぬかるんだ奥に触れると、震えと声が高まって想定通りのことが起きた。

「こんなの、何処で覚えてきたの?」

息を乱しながら、名前さんが喘ぎながら聞いてくる。
恥ずかしいのか右腕で顔を隠してしまった。

何処って、名前さんじゃん。

「名前さんとのイメトレ」

「ばか」

他の練習なんてないんだから。
他の人となんて考えられない。

「結弦」

僕をもう一度呼ぶ声。
名前さんの脚が僕の身体に絡み付く。伸ばされた指先が僕の先端に触れて、入り口で秘められた音を立てた。

「これがいいの?」

貼りついた髪を払いながら、問いかける。名前さんは、潤んだ目で睨んできたけど、全然そんなじゃ効果ない。欲しいって書いてる。

「入って…」

消え入りそうな声が僕を呼んだから、そこに分けいった。


融けそうに熱いのに、狭い。
そのギャップにもっていかれそうになりながら、奥まで進んでいく。

「はぁっ、」

どっちのか分からない溜め息と、声。
ナカに進んでいく時に、名前さんを見るのが好きだ。ぎゅっと目を閉じて感じ入ったように僕を受け止める。シーツを握りしめる指先も、それから僕にすがる腕も、耳元で聞こえてくる喘ぎも、逃さないで見てるから。

「動いていぃ?」

僕に合わせて聞こえる声と、ナカと。
視界からも聴覚からも、名前さんが僕を煽ってくるのが悪いんだ。もっともっと、欲しくなる。

「ゆ、づるっ、ン」

「ィきそ?」

「ぁっ、」

「先にイってよ、俺も、もぅ…」

名前さんの震える身体が、ナカが僕をぎゅっと抱き込む。それにつられて。


「うぁっ、ぁっ、」


耐えきれない声と、熱を吐き出した。





「なんかさ、」

「ん?」

気だるい身体を刷り寄せながら、僕は呟いていた。

「世の中、勝手だよね」

何とは言わないけど。
僕の言葉をなんとなく理解した名前さんが、宥めるように髪を撫でた。

「イメージを守りたい?」

名前さんはそう言いながら、くっついていた身体を離してきた。離れた温もりと、むき出しの肩に、僕は出来ること出来ないことを悟る。

「ダメ」

肩を抱いて、距離を詰める。

イメージを守ろうとしたって、どうせ同じだ。五輪金メダリストになろうと、偉業達成しようと、良いことだけじゃなく悪いことも書かれる位なんだから。

自分らしく。

「名前さんに触んないとか無理だし」

それと、隣にある大事なものを離さないようにしないと。

「何言われたって、名前さんは離さないから」

僕はそう囁いて、大事な温もりの中でもう一度目を閉じた。




end










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