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□手放せない幸福
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「せんせ、お疲れ様」
ため息を付きながら玄関に入った私を出迎えたのは、笑顔だった。
「結弦、いつトロントに?」
「今日」
玄関先で、結弦の腕が私に回る。
それを抱き返しながら、温もりを確かめた。
「すぐ、来ちゃった」
耳元で笑いながら、そう言ってくれる。
思いがけない再会に、胸の奥が甘く疼いた。
「ね、メダル見せてあげる」
リビングに移動して、無造作に置かれていたカバンの中から大きなメダルを取り出すと結弦はそれを差し出す。とても大切なものなのに、私が触れても良いのか迷っていると、ほら!と急かす声。
そっと受け取ると、想像以上の重みに驚いた。
「凄いわね、」
この重みは、色々なものを含んでいる。
苦労も、涙も、感動も。
それをテレビ越しに見ていた私は、急に自分のしていることが罪深いことのように、自分の付き合っている相手が物凄くこの世の中でどんな存在なのかを思い知ったのだ。
「ありがとう」
手のひらの重みを、持ち主に返す。
「かけてみてもいいんだよ?かけたげよっか?」
ニコニコしながら、そんなことを言ってくれるのだけれど、私は複雑な気分のまま、その提案をそっと断った。
「結弦は、本当に凄いわね」
有言実行のその姿が誇らしくもあり、眩しすぎて見えなくなりそうで怖くもある。
こんな気持ちを抱くのは、きっと嫌がるだろうし、その眩しさも好きになった一つの要素だとは思うけれど、今は怖い。
「名前さんのおかげでしょ?」
「私は何も」
「俺を待っててくれる」
「そんなの、みんなそうでしょ?」
「もー、だから、俺のメンタルの問題だって」
何度行ったら分かるの?って。
結弦の一言一言が私を甘やかす。
私が内科医だったら、もっと素直に喜んだかも。内科の論文には、病気の治療や進行とメンタルの関連性について前向きなものがいくつもあって、私も目にしたことがある。けれど、外科医はそれより前の技術的なもの、確実な治療をする力が試される。だから、結弦の足のこともそこを気にしてしまう。
「ね、お腹空いた」
そう言い出したから、私は思考を変えて、キッチンに向かおうと背を向けた。
『名前さん、味見』そんな冗談を言った結弦が、私の二の腕を掴んで振り向かせたら、唇が触れた。
頬が熱い。
満足そうな微笑みがあって、私は自分の熱を見られないように顔を背けたら、キッチンに足早に向かった。
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