Kiri
□tresor
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「オペラ座は絵描きも雇うのか?」
待ち合わせ場所、というのかは微妙だが。
ナーディルにしては珍しく時間に遅れ、慌てた様子で対岸にたどり着くなりまずそんなことを言った。
「絵描き?」
「オペラ座の周りをうろうろしてるやつがいるんだ。画材道具を持っているから絵描きだろう。まだ若い奴だ。此処に来るのを見つかるとまずいから、少々手こずってな」
「…まさか、ばれてはないだろうな?」
「あぁ、もちろん。帰りも一応気をつけないと。そのくらい心得ているさ。」
その言葉に、私はひとまず安心した。
ナーディルに限ってむやみに私の住処を他人に分かるような軽率な行動をするわけはないな。私のこれまでの苦労を理解してくれているだろうから。そのくらいは、彼のことを信用しているんだ。
「レジーナにも注意するように言わないと。私より此処に来るだろう?」
「あぁ、だが今は実家に…」
今週は兄が主催するパーティに出るから実家に帰省しているはずだ。そういえば、どのくらい帰るのか聞いていなかったな。長い時は一月余り帰省しているのだが、そういう時はちゃんと伝えられているから今回はそうでもないはず。
「エリック。確か、レジーナは一昨日帰ってきたはずだが…」
「何?」
「たまたま屋敷の前で会ったからね。パーティの為に帰省していたんだろう?」
「あぁ、そうだ。だが、帰ってきたなら何故…」
何故、逢いに来てくれない?
そうだ、あれは二人で過ごした朝。
朝食を共にしながらドレスの話をして、「戻ったら、すぐ逢いに来るわ」と彼女は言ったんだ。私からは、戻ったらすぐに逢いたいなんて我儘を言えないのだから。私が逢いに行くのがもし見つかれば大変な騒ぎになってしまう。言い出せない私に譲歩してくれる彼女の言葉に私は頷いたのだ。
「もしかしたら、あの絵描きのせいなのかも?」
「なに?」
「あの若いの、レジーナによくモデルを頼んでいる奴なのかもしれないぞ。出歩くとき、あんまり貴族らしい格好をしないから、身分違いだって思われてないのかもしれない。」
確かに彼女はメグ・ジリーと歩いても大差ないような格好でよく出歩いているのだ。本当は、貴族の娘ならば歩くようなことはしない。馬車に揺られて外出すればよいのだから。
考え出すと止まらなくなり、黙り込んだ私に結局いつものようにナーディルが助け船を出したのだ。
「確かめにいってやる」と。
その言葉にはやはり頼るしかない私は頷くと、地上に帰るナーディルを見送った。
comming soon...