side M

□Once Upon A Dream
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朝日に気付いて目覚める朝は、いつぶりだったろうか。

いつもはカーテンを閉ざして朝を迎えるから、日が刺すことはない。夜景を見下ろすのは気に入っているが、朝日は好きではなかった。

昨夜、カーテンを閉ざさなかったテラスから日が刺している。

ここの所ずっと続いていた不眠。
どれほど寝ようと試みても眠気とは裏腹に眠れず、やっと眠れてもすぐに起きてしまう。眠れた日でも眠りが浅く、起きた時には余計に疲れてしまったように怠い日ばかりだった。

けれど、今朝は違う。
眠りについたのは大分遅い時間だったと思うから長く眠ったわけではないのに、すっきりとしている。容易く眠りは訪れ、そして深かった。

徐々に覚醒する意識に私はハッと我に返って躯を起こした。


彼女は傍に居ない…。


だが、隣には確かに一人分のスペースがあり、乱れたシーツが昨夜の証明だと思いたい。

落胆したのは隠しようのない事実。
少なからず、私は期待していた。

目覚めると彼女が隣に居て、私に微笑みかけながら「おはよう」と目覚めのキスをくれることを。そして、夢で聞けない愛の言葉を囁いてくれるのを…。


彼女を確認せずにはいられなくなって、私はシャワーもそこそこに、適当な衣服を身に付け、急いでダイニングに出た。


「おはよう、エリック」

キッチンに居たレジーナは、私の急ぎっぷりに驚いた目をしてから、微笑んだ。


あぁ、この微笑みを見れば分かる。
彼女は、私の愛しい人だ。


「どうしたの?そんなに急いで。」

私の傍に寄った彼女がそっと手を頬に…私の右側に触れて来てから気付いた。仮面を忘れてしまっていたことに。慌てて「すまない」と謝る私に、「謝ることはないわ、私は構わないもの。」と凄く普通に彼女は言ったのだ。

「起きたら、お前が居なかったから…慌てていて。」

その言葉に彼女は苦笑した。
その表情の意図が分からない。

言葉を置いてきぼりにして、進んでしまったけれど…昨夜の私達は間違いなく愛し合ったはずなのだ。私を抱き締め、縋ってきたあの腕が、名を呼んだ声が嘘だったと想いたくない。

「レジーナ」

キッチンに戻ろうとする彼女の腕を取り、振り返った顎を指先で捕らえると、束の間のキスを交わした。

「…愛してる。」

自然に伝えたい言葉が零れた。
先に伝えるべきだった言葉を…。

「エリック、容易くそんな事を言ってはいけないわ。」

なのに、返答は思いがけない言葉。
彼女も同じ気持ちで居てくれていると、そう望みがあったから。彼女からも微笑みと、同じ言葉が返ってくるとそう信じていた。

「明後日がどんな日か忘れてはいないでしょう?」

明後日。
マンハッタン・オペラハウスの初日。

「貴方はきっと…また恋に堕ちるわ。貴方の愛した人にもう一度。だから…誰かに、容易く愛を囁かないで。愛の言葉は、とても大切な言葉よ。」

彼女に触れていた私の手が外され、そっと下ろされた。一度だけ、彼女の手がそっと私の手を包む。
手が離れるのが…切ない。

「愛が無いのに…私に抱かれたのか?」

その問いに、レジーナは微笑んだ。
哀しげな微笑みで。

「貴方が抱いたのは私じゃない。…彼女よ。」

違うと言いたいのに…言えなかった。
どうすれば、この想いを分かって貰えるのか分からなかったのだ。
あの一瞬、レジーナを抱きながら、クリスティーヌのことを考えたのは事実。けれど、それだけだ。

違うのにそう思わせてしまうのは、共通点もあるからなのだろうか。

歌うということ。

二人の歌は全く違う魅力がある。だから、重ねることなど出来はしないのに。
クリスティーヌの創り上げられた完璧な芸術の歌と違って、レジーナの歌は心の歌。幸福で、強く本能を揺さぶる。夢を見させる。

だが、そんな目に見えないものを言葉で説明しても分かってもらえまい。



昨日までと何ら変わらない風景で、彼女はキッチンで朝食の準備を続けていた。

私が描いた朝は、こんな風じゃ無かったのに…欲しかったのは長年焦がれて止まなかった、愛を感じられる朝。

目覚めのキス、優しい抱擁、愛の言葉。
甘美な愛の歌を彼女は歌ってくれるはずだった。

「朝食にしましょう。」

いつもと何ら変わらない仕草で、朝食と淹れ立ての珈琲が並ぶ。


だが、彼女は私を愛していないとは言ってないではないか。
その本心を聞くまで…まだ諦められないと思った。

癒えかけた愛の古傷が開こうとも、彼女が傍にいることは奇跡と呼べることだから。


異世界の住人、美しいプリンセス。


明後日。
初日を終えて、きっとその日に私とクリスティーヌが会うと思っているのだろう。
だから、その日が終わったらもう一度彼女に想いを伝えるのだ。クリスティーヌとは、違うと。今、私が愛しいのはお前だと。そして、彼女の本心を聞かせてもらうのだ。たとえ、答えがどんなものであったとしても。


どうか、結末が夢の様に。
彼女が私を愛してくれるようにと、らしくもなく祈った。






***

「眠れる森の美女」から「Once Upon A Dream」ですね。

これは大分初期の作品で、初期とは歌詞の日本語訳が違うんです。

現在のサビは以下↓

あなたをいつも夢に見て
その瞳さえとても懐かしい
夢は幻というけれど・・・
でも分かる、あなたこそ
愛してくれる、あの夢と同じに

まぁ、サビっていうかここしかないなぁ(笑)それでまた、これデュエットです、一応。

あ、この作品で若干いろいろ設定がぶっとんでるんですが、あまり気にせず読んでいただけると幸いです…。









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