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□手放せない幸福
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「仕事してんの?」
PCを開いていたのは、今週読み終えたい論文のせい。
食事を終えたあと、交代でバスルームに向かい、結弦を待つ間の私はやりたかったこの作業に向かっていた。
「捕まえた」
後ろに座った結弦の腕が、私を抱きしめる。
その綺麗に尖った顎が私の鎖骨に乗って少しだけ傷む。その微かな痛みが、二人でいることをリアルに伝えてくれてる気がするなんて末期な事を考えていた。
「難しそうだね?」
「そうね」
キリの良いところまで読み終えたくて、急いで英文を追う。その間にも、結弦の視線が痛いくらい突き刺さってきた。ふぅっと、耳に息がかかる。
「名前さん」
「なに?」
さっきまでとは違う、低い声。
それが鼓膜を震わせて、さっきまで追えていた英文ももう、何処か見失いそうだ。
「手、入っちゃった…」
結弦の綺麗な手が、パジャマのウエストから忍び込んで私の肌に触れた。悪戯な声がそう囁いて、そっとなぞる。好きな人に触れられるその感触に、ぁっ、と声が漏れた。
その声が合図のように。
頬に伸びた指先が、私をキスに誘う。
「ゆづる、まだ、」
「だめなの?」
「論文が、途中…」
「読んでてもいいよ」
意地悪な声が囁く。
指先と唇は、そんなつもりがないと言うように緩めてはくれない。
「ンっ、」
「ね、名前さん、シタイ?」
「ぁっ、」
聞きながら、指先は際どい部分に到達して、私は論文をもう諦めざるを得ない。
「俺はさ、シタイよ」
「ゆづる」
「ね、シタイ?」
いつもなら、名前を読んで、背中を引き寄せれば‘’分かった‘’と言うように進めてくれるのに、今日は言葉を重ねられるだけだ。焦れたような腕が、私を横抱きにしてベッドに連れて行かれる。顔を見られるのが恥ずかしくてぎゅっと抱きついて耳に噛み付いた。
「ね、俺とシタイ?」
ベッドに少しだけ余裕のない仕草で転がされて、見下される。言わないと進んでくれないんだ、と分かって、消え入りそうな声で『結弦と、したい』と伝えた。
「ふふ、」
嬉しそうに、してやったりというような顔で笑った結弦が、私にキスをする。さっきまでの少し焦らすようなものではなくて、スイッチが入った余裕のないキス。
「なんか、名前さん、どんどん可愛いくなってるんだけど、」
『なんで?』って。
そんな嬉しそうな問いかけが耳に注ぎ込まれる。
「そんなの、知らない、可愛くないし」
「自覚ないんだ?」
繰り返される口付けと、愛撫と。
その合間に、結弦が言葉を重ねる。
「なんかさ、片思いだったときはさ、名前さんはすごく大人で、しっかりしててさ。それが憧れだったんだけど。でも…」
唇が、胸に落ちて、ちゅっと言う音とともに僅かな痛みがある。
「付き合いだしてからは恥ずかしがったり、そういうとこ見れて、大人じゃないところも好き」
どこまでも嬉しそうな声が、身体中に口付けられる合間に届いてきて、身体が疼いた。
「結弦、」
側にいることを一番確実な方法で知りたくて。
背中を引き寄せて、頬を合わせる。
「もう、結弦をちょうだい?」
言ったことも無いような、そのセリフを伝えると、驚いたような目が映る。その驚きが笑顔に変わっていくのが眩しかった。
「そんなの、ズルい」
“我慢できないじゃん”って、小さく呟いた声の後。
貫く熱いアツい熱を身体中に取り込んだ。
煽ったのは、私。
その後、声が掠れるまで私は声にならない声を上げた。
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