いちじのおはなし
□抱きしめたのは
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《風花》
あれから半年近く経ち、季節も秋になった。
放課後、私は登下校の為に毎日乗車している電車を途中下車して、病院へと向かった。
叔父さんの家から通える大学の付属高校に転校手続きをとって、編入試験にも無事に合格し、私の新しい生活は、新鮮味を失い、慣れ親しんだ物に変わろうとしている。
それでも、まだ。
夢見は、病院から退院出来ていない。
「あら、今日も来てくださったんですね。妹さん、きっと喜びますよ」
中年の優しそうな看護婦さんに、そう声をかけられた。
「今日は、学校帰りですか?」
制服のブレザーを見て、感心した顔になる看護婦さん。
この近辺では有数の名門校の制服だからだろう。
「はい、そうです」
「ああ、やっぱり偉いわ。とても妹さんを大切になさってるんですね。さすが、出来のいい人は違います」
好意でそう言ってくれているのだろうけど。
「……」
なんて返せばいいのかがわからなくて、小さく、会釈をした。
看護婦さんに背を向けて廊下を進み、辿り着いたエレベーターの三階ボタンを押す。
305号室。
夢見の病室。
状態が安定しても個室のままなのは、両親を一度に失い、自らの命も危険にさらされた夢見に対する、心のケアのひとつらしかった。