名夏、置き場

□『君と、ドライブ。』
1ページ/2ページ

 海だ、海だ、海だ!

「海だ…」

 助手席に座る夏目の心は躍った。実は海に来るのなんか、初めてなのだ。

 子供の頃は、夏休み前後になると羨ましくてしかたなかった。

 誰かが楽しげに話している、家族と行った海水浴の話。

 いいなと思っても、口に出来なかった。

 今は空もずいぶん高い。とうにそんな季節も過ぎて、海岸線の道もすいている。

 でも快晴の空が反射する海は青く、キラキラ輝いて綺麗で。

 初めて見る水平線、大きなテトラポット。そんな些細なものが真新しく、夏目の瞳を輝かせた。

 ハンドルを握る名取は、その様子を横目にクスリと笑う。

 それにも気付かないで、夏目は一心不乱に助手席の窓の向こうに夢中だ。

 連れて来てよかったと、思った。

 切っ掛けは何でもない会話。

『海に行ったこと無いんです』

 そんな夏目の一言だった。

 家庭の事情は、何となく聞いていて、その台詞から、子供の頃の夏目の寂しさを感じてしまった。

 でも、ならば、そんな思い出なら、これから作ればいいのだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ