名夏、置き場

□『ひぐらしの家』
1ページ/13ページ

 ――今日も。家の北側から東西三方を囲む、鬱蒼と緑の木々繁る屋敷森の方から、カナカナカナと、盛大なセミの声が響いていた。

 夕方になると厳しい西日は、立派な森に遮られて、間を抜ける涼やかな風だけが母屋に届くようになる。

 夏の一日で、漸く涼しくなり、過ごしやすくもなる時間帯だ。

 この時間、仕事が無い日の家主、名取周一は、縁側の柱に寄り掛かり胡座をかいて、涼風に身を任せながら、やけて少し変色した古い文庫本を片手に開いている。

 名取の職業は、かなり稀少であり特殊であった。

 何しろ、この世の影に潜む妖の類いを相手にする、祓い屋なのだから。

 世襲で代々数百年も続いてきた家業で、昨年二十一歳の若さで祖父より当主の座を引き継いだ。

 ――と言っても、それは現代のこと。

 妖怪なんて信じる人も減っていれば、比例するように見る才能に恵まれた者も減ってしまった。実際のところ、名取家の祓い人は名取周一、ただ一人。

 そのわりに祓い屋の需要は減らず、今日はやっと、数週間ぶりの休暇なのだった。


 こんな能力を持っていなかったら、何も知らない友人達の『お前なら俳優になれる』の言葉に乗って、チャレンジしていただろう。

 そのくらいには、名取は自分の容姿の端麗さを自負していた。


 文字を追う涼しげな瞳は、眼鏡の効果もあり知的で。けれど、透明なレンズ越しに覗く瞳は、優しげだ。

 そんな雰囲気が、職業から感じる胡散臭さを曖昧にぼかしてくれていた。

 すっきり通る鼻筋と、日本人にしては高い鼻。彫りの深すぎない顔立ちは、何処か親しみやすい。

 時には妖に気に入られて付きまとわれ、うっとおしいこともあるけれど、まあ気に入っている。

 名取は、ゆったりと、一字一句楽しむように文章を追い、次の頁を捲る。

 そんな時だった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ