名夏、置き場
□『冬の日』
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「いつか、人か妖か選らばなければならない日がきたら、人を選んでくれないかい?」
久しぶりの名取との休日。唐突に投げ掛けられた問い掛け。それにすぐに答えられなくて、夏目は黙りこんでフイと視線を逸らす。
よく晴れた日の午後、日当たりのいい窓際の、フローリングに並んで、行儀も悪く向かい合うように寝転がって。
名取は答えを急かすことなく、ゴロンと仰向けになる。天井を真っ直ぐに見ている瞳からは、一切の感情が読めない。
自分から逸らしたくせに、こうして逸らされると寂しく思うなんて、なんて我が侭で贅沢になったものか。夏目は内心で自分を罵った。
「どうして、そんなこと聞くんです?」
漸く口にしたのは、答えではなく新たな問いだ。
だって最近は、はたしてどちらか一方だけを選ぶことができるのか、夏目には自信が無い。
大事なものが増え過ぎて、人にも、妖にも。その時がきたら片方だけを、切り離して忘れるなんて、たぶん無理だと思ってしまう。
人も、妖も、夏目に優しい。もちろん妖には怖いモノもいるけれど、彼らは皆、驚くほどに純粋で真っ直ぐで、時に儚く、そして眩しい。夏目を照らす、暖かな光。
「――心配なのかな。君の全てを手にいれたはずなのに、気を抜くと見失ってしまいそうで気がきじゃなくなる」
淡々と告げられた、その言葉が耳に届いた時、夏目は顔が熱くなるのを感じた。
「な、名取さんっ」
全て――とは、そういう意味なのか。確かに、夏目は持ちうる全部を明け渡した。心も体も、今は名取のモノだ。
いや、全部というのは誤りで、たった一つ秘密を抱えたままだけれど。会ったことも無い、顔も知らない祖母の遺産。形見。それだけはどうしても言えない。
そっと、床に垂れる夏目の手に名取のそれが触れる。仰向けの名取が、顔だけを夏目に向けている。
「私は、いざとなったら君を選ぶよ」
そう告げる名取の表情は優しいけれど、瞳は真剣で。
彼は、よく嘘をつくけれど、この言葉はきっと本当だと思ってしまう。
名取には、きっと彼らを捨てられる。どれだけ妖が、彼を慕っていようとも。