SHORT

□キス一回で許してやる
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時間軸はリング戦から一ヶ月後あたりです




「おいドカス」
「…………はい」
「オレがいなかったら、
依頼はどうなってた」
「…………失敗していました」
「は、ンの馬鹿が」
「……………………」
「てめぇみてーな小娘が
オレの依頼にしゃしゃり出んじゃねぇ。カスが」
「………………」

私は、未だ焦げた臭いが漂う部屋で跪いていた。
この部屋では、つい先程依頼が遂行された。内容はごく簡単な暗殺。
 それは、元はというとボスに来たものだったが、リング戦で負った傷はまだほとんど癒えておらず、私が代わりをしようと志願したのだ。私なりに機転を利かせたつもりだった。
その願いは聞き入れられ、意気揚々と依頼を熟そうとした私は、ちょっとしたミスで相手に気づかれてガードマンに囲まれてしまった。
絶体絶命で頭が真っ白になった私を救ったのは、ボスの紅蓮だった。
ボスは、虫の知らせがあったから、てめぇがアジトを出てからすぐに依頼場所に向かった、と腰を抜かしていた私にしれっ、と言った。
そして――今、お説教タイムが繰り広げられている。

「オレに何か言うことがあるよな」

月を背にし、椅子に座っているボスは冷ややかな眼差しで私を射貫いていた。
 そんな彼に言うことはただ一つだ。私は土下座する。

「申し訳……ありませんでした」
「誰が謝れっつったよ」

振り上げられた長い脚は私を正確に捕らえ、赤い絨毯の上にたたき付けさせた。
ボスは立ち、つかつかと歩み寄ると、私の髪を左手で掴み、自分の方に向かせた。
 なんの躊躇もない、手加減すらしない力に、私はただ呻いた。

「てめぇの口は『ごめんなさい』しか言えねぇってのか。あぁ?」
「っ……………う…………」
「呆けが」

髪を離すと同時に右手で頬を張られた。びしゃん、と冷たい音が響く。
口内が切れ、鉄の味が広がった。理不尽な暴力に私は思わずボスを睨みつけた。

「んだよ」
「………………」
「文句あんのか」

 大有りだ。

「……何をどう言えばいいんですか……」
「はぁ?」

 これ以上の暴力を受けぬように、慎重さをたっぷりと含めた私の声は、呆れ返ったボスの声であっさり消し飛んだ。

「『こんなドカスめを助けて下さってありがとうございます、XANXUS様』に決まってんだろーが」

成る程。
彼は謝罪より感謝の言葉を欲したのだ。
 この男にしては珍しい。

「……グ…………グラツィエ」
「殺されてぇのか?」

私は平伏し直すと、言った。

「…………『こんなドカスめを助けて下さってありがとうございます、XANXUS様』」
「フン…………」

満足したのか、ボスは再び椅子に腰掛けた。
 頬杖をつき、ぐっ、と顎を出して私を見下す。

「で、てめぇの処分だが」

 私は息を飲んだ。

「今回だけは甘く見てやらねぇ事もねぇ。
生憎オレは機嫌がいい」
「え!?」

 これ以上殴られたり蹴られたりしないのか。若干柔らかい声色で告げられたことは、私にとって物凄い吉報だった。

「キス一回で許してやる」

 柔和に続けられた言葉を上手く咀嚼できなかった。
 もう一度、ボスが言ったのを頭で反芻させて、悟った。
まったく吉報ではない。

「な…………」

どういう風の吹き回しなのだろう。
 一瞬考えて理解した。
 ボスお得意の嫌がらせだ。

「オレにキスしてみろ」
「………………………」

顔が真っ赤になっていくのが、自分でもわかる。
そもそも私からボスにキスした事は一回もない。
ボスから『施しだ』と、強引に唇を重ねてくる事ならたまにあるが、それですら私は恥ずかしさで死にかける。
ましてや自主的にキスするなど。

「簡単な事だ。
それとも死を選ぶのか?」

ボスの口角が上がった。
 相変わらずの酷い笑顔。

「く、唇に、ですか……………」
「当然だ。早くしろ」

仕方なしにボスに近づいた私だったが、どうしても顔を近づける事が出来ない。
 強い磁力が反発しあっているみたいだ。
それでも頑張って更に近づくと、平均以上に肉が盛られた唇の感触をうっかり思い出してしまった。
なんという羞恥プレイか、死んでしまう。

「いつまでも待たせんなよ」

 火照る私の身体に冷水を浴びせるがごとく、冷めた音声が私を叩いた。

「っは……、はい」

 少し苛立ち始めた表情に私は焦る。こっちだって待たせたくて硬直しているわけではない。
至近距離でボスの目に見つめられていると、催眠術にかかったかのように身体が動かなくなってしまうのだ。私の足が踏んでいる絨毯よりも、私の舌が感じている鉄臭い液体よりも紅いガーネットが、私を悠久に束縛する。それは、魔力を持っている。間違ってもまともに見てはいけない。溺れる。

「………………」

私はどうしようもなくなって、とっさに片手でボスの両眼を覆った。

「何しやがる」

私の手の下でボスが瞬きをする。長い睫毛がくすぐったい。

「お気になさらず」
「……………………フン」

目を隠し、言葉を交わすと、なんとかボスとキスをする勇気が芽生えた。
私はその勇気が無くならないうちに、顔を寄せて唇を重ね合わせた。ひやりとした柔らかな感触を覚えた瞬間、慌てて顔を引いた。
 これでおしまい。

「……まだだ」
「え? …………んっ」

ボスは再び立ち上がると、むんずと私の頭を掴み、今度は自分から唇を押し当ててきた。
私は抵抗しようと身をよじったが、私の掌から解放された紅とまともに目を合わせてしまった。
あっという間に自由を奪われ、瞼を下ろす事すら出来なくなった私をボスは捕食した。
ちゅ、と乾いた音を立てながら何度も何度も口づけをしていくうちに、ボスの手は私の頬を優しく包み、私もボスの広い背中に手を回していた。

「……ボス…………っ」
「………………」

それを繰り返していると、私は身体の力が抜け、へにゃりと絨毯に座り込んでしまった。

「だらしねぇ」

人差し指が私の顎を持ち上げた。まじまじと顔を眺められる。
多分私は今、相当に間抜けな顔をしているはずだ。
 だから、ボスのお綺麗な顔をそんなに近づけて見ないでほしい。

「………………」

ボスはふと思いついたように瞬くと、制服のポケットを探り、携帯を取り出した。
おもむろに開き、ボタンを押すと、気が抜けるような電子音が鳴った。

「なんですか……?」

黙って液晶画面を私に向けた。
 そこには間抜けを通り越して、馬鹿面をした女が写っていた。頬が赤く染まり、片方が僅かに腫れている。
誰だと思えば私だった。

「てめぇ、
これから暫くこれを待受にしろ。後でこれ送ってやる」
「…………………え゙?」
「まだ罰は残ってんだよ。
オレにさっさと礼を言わなかった罰がな」
「ちょ、ちょっと!!
そんなの完全に嫌がらせじゃないですか!!」

何が悲しくてこんなものを待受にしなければいけないのだ。
 携帯を開く度に赤面してしまうだろう。
 いや、絶対する。

「てめぇが嫌がらねぇと罰にならねー」
「だからって!!」
「オレの命令に背くのか?」

それを言われるともう何も言えない。
自分はそこまで命知らずではないからだ。

「暫くって…………いつまでですか」
「オレがいいと言うまで」
「ボスの鬼!! 鬼畜上司!!」
「言ってろ」

罵ったところで鬼はふてぶてしい表情を収めない。

「鬼畜上司に好き好んで従う、てめぇはなんだ?
ドMか?」
「…………………」
「帰るぞ、マゾ野郎」

私は首根っこを掴まれ、ボスに荷物のように運ばれた。

「マゾじゃないですもん!!」

 一応訂正のため叫んでも説得力がないのは自分でも分かった。











「ゔお゙ぉい!!
今何時だぁ!?」
「知りません」
「携帯持ってねぇのかぁ!?」
「もっ…………てないです」
「今の間は……」
「気にしないで下さい……!!」

私はポケットに入っている呪われた携帯を強く握りしめた。
 いっそ壊れてほしい。
そういえばボスは私の顔写真のデータを私に送った後、どうしたのだろうか。
 まさか、しっかり保存…………。
私は頭を振り、心配そうに自分を見るスクアーロを無視して、知らぬが仏と呟いた。







作:空兎
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