ゆめ
□火竜キラー・ララ
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アリティア軍はアンリの道を突き進む。飛竜の舞う砂漠を通り抜け、チェイニーというひとに連れられやってきたのは、骨まで溶かされてしまうような煮えきった海だった。
「暑い……ですねえ。痩せそうなのは嬉しいんですけど」
ララは暑さと戦う沈黙に耐えきれず、隣を歩く剣士に話しかけた。
「…………」
剣士は無言。いつものことだけど、とララはひとりごちる。
未だに何故、あの時お礼を言われたのかは不明だが、とにかく気にしない。それを考えれば、自分と彼の間にいつしか壁ができてしまう。そんな気がする。
(まあ、壁はもうできてるのかもしれないけど)
彼は人を寄せ付けたくない、という雰囲気を出しているから、人との関わりが嫌なんだと言う人が居るが、それは違う。違う。
彼には人が必要だ。支えてあげられる人が必要だ。そう思う。
(わたしは怖い。あなたがいつか崩れてしまいそうで)
想いが届かなくとも良い。ただ、彼には生きていて欲しい。たとえもう動けなくなっても、絶望しても、自分のことを忘れてしまったとしても。
「全軍停止っ! 前方に敵影あり! これより戦闘に入る!」
男の声が響きわたる。まさかこんなところで戦闘が始まってしまうとは。
隣を見てみると、もう彼は走っていってしまっていた。遠くに背中が見える。
ララの仕事は、仲間に飛竜や蛮族から守ってもらいながら、その仲間を癒やしていくこと。
シスターでは当たり前のことかもしれないけれど、とても歯がゆい。背中に護身用の剣があるが、ララには使えない。否、使わない。
「ララ殿! 頼む!」
はっと気が付けば、飛竜が周りを飛び交い、蛮族が斧を振りかざしてこちらに突進してきていた。
自分の横は弓を持つ兵士が飛竜の翼を狙って矢を放ち、前には馬に乗った赤い鎧の騎士。
自分の役目を果たすため、ララは杖を振りかざした。みるみる傷が消えていくのを見て、ララは安堵の息をついた。しかし、
「こちらの飛竜は大体片付いたが……向こうが厳しいようだ、アベル」
赤い騎士が指をさしている前方を、緑の騎士は見やる。ララも後ろの隙間から覗いた。
剣士、傭兵が火竜に囲まれ、苦戦を強いられている。ララはその馬たちの隙間から、ある人物を必死に探していた。
(居た……!)
長い黒髪が剣を振るたびに揺れ、火竜のブレスをよけつつ、また一撃を浴びせるが、竜は止まらなかった。
あのままでは勝てない。ララはふと、左手が自分の背に行くのが感じられた。そして、強くその持ち手を握る。
だめだ。いけない。ララは必死に自分の中にうごめき、肥大していくなにかを拒絶した。
だが、そうしてる間にも、戦いは厳しくなっていく。
−−死んでしまう。
彼が死んでしまえば、わたしになにが残るの?
彼が居なくなってしまえば、わたしはなにを想って生きていけばいいの?
死ぬ、死んでしまう。居なくなってしまう。
(わたしの前で、ナバールさんは殺させない!)
じゃきん、と鞘から両刃の剣を抜く音がこだました。
その場に居た騎士たちがこちらに振り向いた。ララはただ、火竜だけを見つめ、馬の脇を通り過ぎて行く。
「ま、待て! 君はここに……」
緑の騎士が手を伸ばし、ララの腕を掴んだ。ララはその手を振り払い、走り出した。
−−−−−
「ナバール! 下がれ!」
後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。下がるなど、この俺には必要ない。
火竜は難敵だが、それは後ろにいる傭兵、オグマも同じこと。灼熱のブレスをよけ、後ろに目をやる。向こうも苦戦しているらしく、最早剣でブレスを受け止めている。
オグマは痛みに顔を歪ませながら、舌打ちをして両刃の大剣を火竜の首に突き刺した。どうやら捨て身の攻撃だったらしい。火竜が悲鳴を上げて赤い海のある下へと落ちていく。
残り二匹。ナバールもキルソードを構え、眼前に居る火竜に必殺の一撃を胸のあたりに突き立て、一気に引き抜く。たくさんの血がかかったが、気にしてはいられない。
これもまた、下へと落下していくのを確認し、またキルソードを構え直した。その時。
「……!」
身体に痛みがじわりと伝わる。横に居た最後の火竜が、ナバールに向けてブレスを当てたのだ。
まともに食らい、ナバールは石畳の地面に突っ伏してしまった。
「ナバール!」
オグマが叫ぶ声が聞こえるが、身体が動かない。肉の焼ける臭いが自分からするのを感じて、意識が飛びそうになるが、なんとか持ちこたえた。
ここまでか。
不思議と恐怖はない。ただあるのは、身体が焼ける痛みだけ。
「ナバールさんっ!」
聞き覚えのある声が遠くから聞こえる。なんとか頭を持ち上げて見れば、修道服の脚が当たる部分を切り裂いて走るララの姿。
その手には杖と、禍々しくも美しい輝きを放つ両刃の剣。
「……デビルソード?」
オグマは驚愕の声を上げた。聞き覚えはある。確か、自らを使う者の血肉さえも糧にする邪の剣。それゆえに、威力は絶大で、キルソードを上回る。
「だめだ、振るな!」
オグマはこちらに走ってくるララに警告するが、ララは止まらない。デビルソードを逆手に持ち、杖を後ろに投げ捨てて、杖使いとは思えない跳躍をして火竜のブレスをかわす。
そして、上空から全体重を乗せ、逆手のまま、剣を火竜の頭に突き立てた。血が噴水のように吹き上がり、その場に崩れ落ちる。
同時、ララの胸からも鮮血が飛び出た。ララは表情ひとつ変えず、血だまりの中に降り立った。火竜が事切れているのを確認し、剣を鞘に収め、ナバールに駆け寄った。
「ナバールさん! しっかり……しっかりしてくださいっ!」
投げ捨てた杖を拾い上げ、ナバールに杖を振る。効果の高い杖を使ったのか、一気に傷が塞がり、肉の焼ける臭いも収まった。
「次はオグマさんですね」
剣にもたれていたオグマに、杖をかざす。傷が完全に塞がるのを確認してから、ララは胸を撫で下ろした。
「痛いところはありませんか?」
ララはにこりと笑って二人に問う。ナバールは立ち上がり、ララに向かって指をさした。
オグマはきょとんとしているララに、
「胸……血が出ているぞ」
「え……」
ララは自分の胸に手を当て、べっとりとした感触に身を震わせた。一気に血の気が引くのを感じ、その場に座り込む。
「血……が……わたし、なにも……」
ぶるぶると血の付いた手を震わせ、自分の身体を抱き締める。
オグマはナバールになにか言っているが、聞こえない。段々と視界も暗くなっていく。そしてそのまま、ララは意識を手放した。
−−−−−
気が付けば、固い簡易式ベッドで自分は寝ていた。
あの後、ナバールはあなたを負ぶって運んできてくれたのよ、と魔道士のリンダは言った。
ララはすぐに起き上がり、胸の痛みも外の寒さも構わずナバールを探した。
ナバールが居たのは、人気のない雪原の丘。大きな枯れ木にもたれかかり、次に目指す場所を見ている。
「あの……助けていただき、ありがとうございました」
後ろから声をかけると、彼はゆっくりとこちらを向いた。夕日が彼の髪を美しく輝かせる。
「……いや。助けてもらったのはこちらだ。……礼を言う」
ナバールは腕を組んで、ララの格好をまじまじと見る。
「寒くないのか」
「え? あ、いえ、全然……」
全く説得力のない白い息を吐きながら、ララは答えた。気付けば、修道服は破れているし、靴は急ぎすぎて履き忘れていた。雪に埋もれる素足が赤くなって、痛痒い。
「…………」
ナバールはじっとララの顔を見つめて、なにかを促しているようにも見えた。ララは観念し、
「ち、ちょっと靴を履き忘れただけです」
「…………」
「あ、あと、服を着替えるのを」
「……結論は?」
「……寒いです」
ナバールは声をなんとか出さないように口を抑えて笑った。その行動に、ララは頬を膨らませる。
「なんですか、もう……でも、ナバールさんがそこまで笑うなんて、初めて」
その後は、ナバールに上着を被せられ、早く靴を履いてこいと促されたので、戻って靴を履き、丘に行ったらなんで着替えなかったとナバールに笑われた。
−−−−−
まさかの長文。しかもグロテスク。シスターはデビルソード使えないのに使わせるわたし。
毎回ナバールとオグマ上に飛ばすんですけど、囲まれてフルボッコにされます。
回避30で避けないナバールが悪い。
続編はあると思う。