■長編夢小説〜夢見る翼〜

□聖域にて
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テレポーテーションは美矢の傷にさわるということで、ギリシャへは城戸家の自家用ジェットで向かった。
シュラとサガにとっては、実に一ヶ月ぶりの聖域であった。
サガは、帰ったら溜まっているであろう執務の数々に思いをめぐらし、渋い顔で頭を抱えている。
シュラは淡々と今回の任務の報告書を纏めながら、たまに向こうの席の二人をチラッと見ていた。

「美矢お姉さま、ほら!アテネ市街が見えてきましたよ!!」
「うわぁ〜本当、上から見ると広いねえ沙織。神殿も見える!あ、さすがに聖域は見えないか。」

などと、女神アテナとそのご友人は楽しそうに窓を覗いている。

「道路に車が一杯走ってる。お店も沢山あるのね・・・人があんなに賑わって・・・」

美矢は何故かとても懐かしそうな目で、眼下の景色を見下ろす。
そんな美矢の様子を、沙織は優しく見つめていた。

コロッセウムのある広場にジェットが着き、いよいよ美矢は聖域に入ることになった。
美矢の手荷物である旅行カバンとボストンバッグをシュラが担ぎ、サガはアテナに付き添う。
ズボンにパーカー、スニーカーというラフないでたちの美矢の横を歩きながら、シュラが言った。

「聖域内はアテナの小宇宙によってテレポーテーションが使えないから、聖闘士といえど皆歩いていくしかない。
十二宮の主は今、帰ってきた俺たちと入れ替わりで任務に出ていて無人だ。 
明日には揃うから、皆に会えるだろう。」
「やはり聖戦が終わった後だからみんな忙しいの?」

と美矢が尋ねる。

「そうだ、でもまあやっと一息ついたところだな。アテナもご滞在の事だしこれからしばらくは平穏だろう。
 さあ、これが第一の宮、白羊宮だ。ここからは一番上の教皇の間まで、ずっときつい上り坂になる。
美矢には厳しいかもしれないが、その時は言え。担いでやる。」
「だ、大丈夫!唯でさえシュラには荷物持ってもらっちゃってるんだし、これ位平気!」

むん、と気合を入れて美矢は坂をズンズン登りだした。険しい道を、意外と慣れた足取りで上って行く。

「あの様子だったら平気そうだな・・・」

「美矢お姉さま、私はここで失礼しますね。明日またお会いしましょう。」
「シュラ、俺はアテナを連れて先に上で待っている。病み上がりの美矢に無理はさせないようにな。」

そう言って、サガは沙織を抱き上げ、さっと目に見えぬ速さで走り去った。

「うわ〜シュラ、今走っていったのサガ!?沙織を肩に乗せてるのに早い〜悔しい〜!」

先のほうで美矢の叫び声がする。
シュラは苦笑し、荷物を抱えなおして美矢の後を追った。

一つの宮を通り抜けるたび、シュラは美矢に各宮の特徴や守護者の簡単な説明をしていった。
美矢もその説明に頷きながら、今までの修行の賜物か、病み上がりとはいえ常人よりはかなりのスピードでサクサクと道を上がっていく。
ただし負傷の影響でまだ右腕はぎこちなくしか動かせないので、いささか歩きにくそうではある。


そんな彼女がピタリと足を止めた。

「どうした、美矢?」
「ん・・・ちょっと疲れたかな。この宮で少し休憩していってもいい?」
「ここは無人だし、構わないが・・・」

そこは人馬宮。かつて射手座のアイオロスが守護していた宮であった。
美矢はスタスタと少し荒れた宮の中へ入っていく。
ぐるりと見渡すと、そこには中心に黄金の射手座の聖衣が設置され、壁に砕けた跡があり、何かギリシャ語が刻まれていた。

「綺麗な聖衣ね・・・」
そういう美矢の目は、懐かしむような視線。まるで聖衣以外のものを見ているようだった

「ここを訪れし少年たちよ、君らにアテナを託す・・・アイオロス、か。」
メッセージをつつ・・・となぞりながら、美矢はつぶやく。

シュラは、そんな美矢を見ながらただ立っている。
心中は苛立ち、早くここを去りたい気持ちで一杯だった。
ここに居る資格は俺にはない。14年前、俺はアイオロスを・・・

「美矢、そろそろ行こう。教皇の間で、教皇シオンがお待ちしている。」
つい焦って強い声が出てしまった。

美矢がふわりと振り向く。
それは一瞬、美矢であって美矢ではない女のような気がした。

「そうね、早く行かなくちゃね。」

ニコッと笑い、クルリときびすを返して出口へと向かう。
そして二人は足早に人馬宮を後にした。


結局日も暮れた頃、二人は教皇の間に着いた。
一時間半弱かかったが、美矢の怪我や休憩を入れたとしても結構なスピードで登ってきたことになる。
黄金聖闘士が本気を出せば光速で登れるが、普通に登ったらやはりそれなりにかかるものなのである。
沙織はアテナ神殿で行う儀式があるとかで、会えるのは明日になりそうだった。

美矢が行ったのは、まずは教皇シオンとの内々での謁見であった。
二百数十年に渡って聖域に君臨したにも関わらず、その法衣を纏った肉体は現在19歳という若さ。
しかし発せられる威厳ある小宇宙は紛れも無い強者だった。

「そちらが美矢殿か。アテナより先ほど話は聞いておる。
今回日本でアテナのお命を護っただけでなく、聖域で修行をしたいとのこと。まことに殊勝な心がけだ。
サガともこれから話を詰めるが、こちらでよきにとり図らせてもらおう。」

「ありがとうございます、教皇様。」
「・・・お主、今までに何処かで会ったことは無いか?
「いえ、私は今まで日本を出たことはございませんが・・・日本にいらしたことがおありですか?」
「いやいや、老人の思い過ごしであったようだ。すまぬな。
あと明日、アテナ直々に美矢殿をご友人兼護衛として、黄金聖闘士達に紹介する。
ところで、美矢殿は教皇である私の姿を不思議には思わんのか?教皇補佐のサガよりも若いというのにな。」

「・・・教皇様の小宇宙を拝見すると、私が今まで会ったどんな方よりも小宇宙に威厳があり、老成していらっしゃいます。
これはお年を重ねた者で無いと出せないものでしょう。
そのお姿は何かご事情があってお取りになっていると思いました。違いますでしょうか?」

「なるほど・・・小宇宙読みに長けておるのか。わしの正確な年齢は262歳よ。
一度は死んだ身だが、アテナのお慈悲でな。因果なものだがまだ生きておるわ。」

さすがにその年齢を聞き、美矢も驚いた様子だった。

「まあもう一匹、老獪な古狸がおるがのう。明日会えるだろう。
さて、今日はここまでにしてゆっくりと休むが良い。奥にとりあえず狭いが部屋を用意させてもらった。
処遇が決まり次第、正式な住居も与えられようが、しばらくはそこで我慢して欲しい。」


シオンとの謁見が終わり、美矢は女官に案内されて用意された部屋へ行った。
天井の高い、20畳程の広い部屋。
ふかふかの大きなベッドが用意され、キッチンやバスルーム等生活に必要なものは一式揃っている。

「うわ〜広い〜〜!」

思わず声を上げてしまった美矢だったが、その時ドアがノックされた。

「はい?」
「俺だ。」

ガチャっとドアを開けると、そこにはシュラが立っていた。
両手には美矢の旅行カバンとボストンバッグを抱えている。

「あ、シュラ!どうぞ入って。荷物持たせっぱなしでごめんなさい。そこに座ってて。」

と言いつつ、パタパタと壁の棚に用意されていたティーセットをテーブルに準備した。
シュラは荷物をベッドの脇に置くと、ソファーにドサッと腰を下ろす。

「教皇との謁見は上手くいったようだな。」
「あ、見ててくれたの?嬉しいな。かなり緊張しちゃったけどね。」

コポコポと茜色の紅茶を淹れながら、美矢が言う。

「いや、初見なのに立派な態度だった。お前は小宇宙読みも出来たのだな。教皇も感心していたぞ。」
「そんな大層なものじゃないよ。なんとなくぼんやり感じるだけで。
 でも今日はシュラが一緒にいてくれたおかげで本当に助かった。聖域の色々な説明もしてくれたしね。
 明日は各宮の人たちに会えるんでしょう。ねえ、シュラも黄金聖衣着るの!?」
「ああ、アテナのお出ましになられる正式な謁見になるからな。
しかも黄金聖闘士全員が一同に会することは滅多に無い。貴重だぞ。」

紅茶を口に運びながら、シュラが答える。

「うう、シュラの聖衣姿が見られるのは楽しみだけど、紹介されるのはプレッシャーだなあ・・・」
「ははっ、癖のある奴が多いからな。覚悟しておけ。」
「が、頑張ります!」

喉が渇いていたのだろう、あっという間に空になったカップを置き、シュラは笑って美矢を引き寄せ髪をくしゃりとなでる。

「長旅の後、十二宮を登るのはかなり疲れただろう。明日に備えてゆっくり休んでおけ。
・・・あと、美味い紅茶をご馳走様。また明日、美矢。」

最後にそう彼女の耳元でささやき、シュラは部屋を出て行った。

「ど、どうも。」

扉が閉められた後、そう間抜けにつぶやき、美矢はそっとなでられた頭に手をやる。
耳元に囁かれた彼の低い声は、背筋がぞくりとさせられる甘い魅力を含んでいた。

「・・・反則だよ、シュラ・・・」

そう口ごもりながら火照る顔を隠すように、美矢はベッドに倒れ込んだ。
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