■長編夢小説〜夢見る翼〜

□金色の風
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翌日は晴れて風の強い日だった。
明け方早々、シュラは魔羯宮へ帰ってしまった。
ベッドが半分広くなってしまうのはもの寂しいが、昨夜遅くまで寝かせて貰えなかったのでまだ眠い。
久しぶりのアテナの帰還というので、黄金達は色々と執務があるらしく、今日美矢の修行は休みだった。
しばらくウトウトとしていた時だろうか、何か警鐘を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。
ガバッと飛び起き窓を見ると、雑兵達が慌しく十二宮を行き来している。
周囲を見やれば、聖域の下方に広がる大森林地帯の方に、黒い煙が上がっていた。
美矢は無意識にベッド脇の宝石箱の中に収められている、あの金の百合のピアスを取り出す。
一瞬のためらいの後、彼女はそっとそれを身につけた。

「沙織!一体何があったの!?」

美矢は、着替えて教皇の間に飛び込むなりそう言った。
沙織はキトン姿で玉座に座り、何か忙しく指示を出している。

「美矢お姉さま!実は最近の天候と乾燥で、聖域近くの森が火災を起こしたのです。
 火は瞬く間に広がっており、このままでは聖域の結界をも揺るがしかねません。
 しかも風が強く、下手をすればロドリオ村の方にも火の手が行く可能性が・・・」
「消火活動はどうなってるの?」
「只今黄金聖闘士を中心に、皆一丸となって当たっている。しかし広大ゆえ焼け石に水でな。
 聖闘士の技で火事に効きそうなものは無いし、カミュのオーロラエクスキューションですらほんの一部しか消せなんだ。」

シオンが眉根を寄せた顔で言う。
その時雑兵が一人、真っ黒に煤けた顔で伝令に入ってきた。

「女神アテナ、教皇シオン様に申し上げます。
 火の手は依然勢いを増し、燃え広がっております。黄金聖闘士の方々も何人か軽傷を負われました。
 結界にも迫っており、我々の手ではもう止められません。いかがしたら良いでしょうか!」

叫ぶ雑兵の手足も焼け爛れ、酷いものだった。燃え盛る火の中を、必死に走ってきたのだろう。
美矢はそれを見て、覚悟を決めた。
すっと沙織の前に出て、言う。

「沙織、一時お人払いを願います。」

シオンが一瞬驚いた表情になったが、沙織は冷静に片手を上げた。

「シオン、申し訳ないけれど少し席を外して下さい。私が良いというまで、この間には誰も入れないように。」
「はっ、かしこまりました。」

美矢と沙織は二人きりになった。

「沙織、今回の件は私に任せてくれる?私はあなたを護ると誓った。それが生かされるのは今この時だと思う。
 もし承諾してくれるならば・・・私にあの力を貸して欲しいの。」
「美矢お姉さま・・・よろしいのですか?これで貴女のことは、全て白日の下に晒されてしまいます。」
「うん、いいの。私が望んだ事だから。そして彼の願いでもあるから。
 女神アテナよ、私に現場の指揮権を。そして黄金聖衣をお貸りすることをお許しください。」

美矢は深く頭を垂れ、ザッと跪いた。百合のピアスが揺れてきらめきを放つ。
沙織は一瞬悲しそうな顔をしたが、表情を引き締めて言った。

「分かりました。女神アテナとして、沙織としてお姉さまにお願いします。
どうか聖域を、そしてロドリオ村を護って下さい。」
「はっ!」

美矢は凄まじい勢いで教皇の間を飛び出して行く。
そんな彼女の後姿を見送った後、沙織はすっくと立ち上がり、黄金のニケの杖をかざして号令した。

「シオン、各部署に伝令!今回の火事沈静化の指揮は美矢お姉さまが執ります。全権を彼女に。
 全ての聖闘士、雑兵はお姉さまの指示に従いなさい。これはアテナの勅命です!」


教皇の間を出た美矢が光速で向かった先は・・・人馬宮。
暗い祭壇の中央に設置された射手座の聖衣目がけて駆け寄る。
そして美矢は手刀で手首を無造作に切り裂き、あふれ出る血を聖衣に浴びせた。
黄金の人馬の首が、羽が、真紅に染め替えられてゆく。

やがて射手座の聖衣が静かに光りはじめた。
その輝きは美矢の身につけているピアスと共鳴し、どんどんと光を増して行く。
美矢は聖衣に向かって苛烈に叫んだ。

「目覚めよ、サジタリアス。私を覚えているなら応えなさい!
聖域とアテナの危機です。地上の平和を守るためにも、お前の真の主人の為にも・・・
一時でいい、その力を私に貸しなさい!!」

あふれ出る光は人馬宮を満たし、そして射手座の聖衣は己の意思を持って宙に分散した。


シュラはその頃、下級聖闘士達を指揮し森に防火帯を作ろうとしていた。
エクスカリバーで木を切り倒し、一定の空き地を作ることによって火の延焼を防ごうとする。
しかし森は広大であり、火の勢いは弱まらず、凄まじい熱波と煤煙に呼吸をするのさえ困難な状況だった。

「シュラ!そちらはどうですか?」

ムウが駆けてくるが、彼の聖衣も煤で真っ黒で、黄金の輝きは消え失せていた。

「難しい。風が強くて火の回りが早い上に、防火帯を作っても倒した木が焼ける始末だ。
そろそろ俺達黄金聖闘士クラスの聖衣でないと、熱で現場に近づけない状況になっているしな。
くそっ、何か手は無いのか!!」

火傷だらけの拳を握り、シュラは歯噛みした。
その時、アテナの命が教皇シオンより、小宇宙通信によって全聖闘士に通達された。

「なに!美矢が全指揮権を・・・?一体何があったというのだ!」

驚く聖闘士達。中でもシュラの困惑は人一倍だった。
その時ピキーンと澄んだ音が鳴り響く。

「これは・・・黄金聖衣の共鳴音。12の聖衣全て揃っているはずなのに、なぜ今更?」
「シュラっ!上空を見てください!!」

見上げれば、雄大な翼をはばたかせた空中に浮かぶ人影。
黄金に輝くそれは・・・紛れも無いサジタリアスの聖衣。
纏っているのは黒髪をなびかせた女だった。

「美矢!?」

その時周囲の聖闘士達に、美矢から小宇宙通信が入った。

「全聖闘士及び消火活動を行っている者達に告ぐ。
これから私一人で森林の消火作業に入ります。危険ですから、全ての人員は聖域結界内部まで撤退して下さい。
これはアテナより全指揮権を委ねられた私の命令です。速やかに行動なさい。」

有無を言わせぬ、威厳を備えた物言い。彼が知っている美矢とは全く別人に見えた。
その時アイオリアがやはり火傷と煤だらけになって走ってくる。

「あの女は美矢だろう、シュラ!なぜ射手座の聖衣を纏っている?」
「分からん、俺にも何も分からないんだアイオリア・・・!」

ムウと三人で炎の中を走りながら、シュラは叫ぶように言った。

「とりあえずアテナの指揮官のご命令です。結界内へ移動しましょう。」

その時上空では美矢が、鋭敏な視覚で聖闘士達が避難する様を眺めていた。
もう殆どの者は安全圏へ移動済み。愛しいシュラも他の黄金達と避難を終えたようだ。
山火事の劫火は既に広大な範囲になっている。
上空の美矢も、下から来る熱波と黒煙にさらされて煤け、髪の先が焼け、皮膚も軽い火傷を負っていた。
やるべき事は一つ。

「避難が終わりましたので、今から消火を開始します。
余波が行く可能性があるので、念のため皆防御姿勢をとるように。」

そう言って美矢は目をつむり、血塗れた包帯を巻いた両腕を前に突き出して、全身の小宇宙を高め始めた。
大技を使う時に味わう久しぶりの高揚感。一体この感覚は何百年ぶりだろう。懐かしさに激しく胸が高鳴る。
射手座の聖衣の翼が輝きだし、その光の強大さは留まるところを知らない。
いつの間にか彼女の口元には笑みが浮かべられていた。

金色の羽は小宇宙に覆われてどんどん膨張してゆく。
そして美矢の目がかっと開かれ、翼が大きく振るわれた。

『ケイロンズ ライト インパルス!!!』

両翼から放たれた凄まじい量の金色の小宇宙と風が、怒涛のように一気に火事を襲う。
その強烈な風圧で地上は瞬間的に真空状態となり、そして、一瞬にして広大な炎は鎮火した。



「皆、伏せろ!!」

美矢が上空で小宇宙を爆発させた刹那、カミュが叫んだ。
熱い空気を含んだ爆風の余波が聖闘士達を襲う。
その風の勢いに、青銅聖闘士や雑兵などは吹き飛ばされそうになった。
カミュのダイヤモンドダスト、ムウのクリスタルウォールを張り巡らすことで、どうにか熱と風を避ける。

そしてふと見渡せば、あれだけ燃え盛っていた火は殆ど消えていた。
ただ、あまりの風圧に地はえぐれ、焼けた木々はあちこちなぎ倒されている。
黄金聖闘士達がその威力に呆然としていたその時、またもや空中の美矢から小宇宙通信が入った。

「大体の火は消し終えました。怪我人は訓練所に設置された救護所へ。そしてまだ動ける聖闘士に命じます。
火が完全に消えていない樹木の消火、そして鎮火の確認を大至急行ってください。私の命令はここまで・・・」

通信は途切れ、そして宙に浮かぶ金色の輝きはグラッと体勢を崩し、一気に落下を始めた。

「美矢、危ない!!」

シュラが光速で飛び出し、まだ燻っている焼け跡の一角に落ちてきた美矢を、すんでの所で受け止めた。
美矢は小宇宙を使い果たし、気を失っていた。耳元にあのピアスが光る。
抱きとめた美矢の体は仰向けにしなり、だらりと下がった左腕は聖衣と包帯の隙間から血がしたたっていた。
シュラはそっと美矢の体を地面に下ろして腕の血止めをし、僅かだがヒーリングを施す。
よく見れば彼女を覆う射手座の聖衣は、煤だけでなく所々乾いた血がこびりついていた。

ムウやアイオリア、カノン、サガ、デスマスク、シャカ・・・黄金聖闘士の殆どが美矢の周囲を囲む。
美矢も含め、皆火傷を負い煤まみれで、酷い惨状だった。
アイオロスが口を開いた。

「これはどういう事だ・・・どうして兄さんの、射手座の聖衣を美矢が纏っている!
ただ力を貸すだけだったら、星矢の時のようにもう聖衣は戻っているはずだ。どうして・・・」
「アイオリア落ち着きなさい。良く見るのです、この射手座の聖衣、形状が少し異なっていませんか?」

美矢の傍に寄り、聖衣に手を触れているムウの言葉に、全員が美矢を見る。
確かにその射手座の聖衣は、基本的な作りは同じだが細部が違っていた。
全体的に華奢で細身。太ももが大きく出るデザインで、腰周りの形状が異なる。
胸部パーツも柔らかな曲線を描いていた。

「・・・女性用の射手座の聖衣?」
「そうです。普段星矢にアイオロスが貸し与えていた時は、彼の体型に合わせるだけで形状は変りませんでした。
 しかしこれは違う。完全に女聖闘士用の射手座の聖衣なのです。」
「何故そんな事が!アイオロスの、兄さんの聖衣は何処に!?」
「私にも詳細は分かりませんが、鍵は多分その美矢のピアスにあるはず。」
「ピアス?」

シュラが不審そうにムウを見た。

「私が調べたところ、そのピアスは金ではありません。黄金聖衣の材料で出来ています。
おそらくは元々射手座の聖衣の一部。しかも製作年はざっと約500年前。」
「なんと!」

どよめく黄金聖闘士達。
その時彼らに声がかかった。

「おぬしら、怪我をし、気を失ったおなごを抱えて、一体いつまでそうやって長談義しておるつもりかのう?」

それは焼けた木々を踏み越えながらやってきた天秤座の童虎だった。
彼も酷い有様だったが、煤けた天秤座の聖衣の上半身を脱ぎながら飄々と言う。

「疑問を追及するのは後回しじゃ、ムウ。聖衣修復師としてのお主の気持ちは分からなくもないがな。
 アイオリアもじゃ。まずはせっかく美矢が消してくれたこの大火の後始末をせい。
 全てはそれからでも遅くは無いわ。」
「・・・申し訳ございません老師、熱くなって今がどんな状況かを失念しておりました。」
「うむ、分かれば良い。
シュラよ、美矢を連れて教皇の間にゆけ。アテナがご心配されておるじゃろう。」
「はっ!」

そうして黄金聖闘士一同は方々に散っていった。
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