■長編夢小説〜夢見る翼〜

□金色の風
2ページ/4ページ

美矢は教皇の間の一室で、こんこんと眠っていた。
シュラは美矢を運びこんだ後、まだ燻る森の消火活動を指揮する為にすぐ出て行った。
既に射手座の聖衣は元の形に戻り、ベッドの脇にある。
美矢の傍には沙織が付き添い、彼女の顔についた煤をハンカチでぬぐっていた。

「美矢殿の容態はいかがですかな、アテナ。」

教皇シオンが部屋に入ってきた。

「ええ、血は止まっていますし、後は軽い火傷だけで大事ありません。
ただ酷い貧血と、極限まで小宇宙を使い切っているので、しばらくは目を覚まさないでしょう。」
「凄まじい技でしたな。あれは確かケイロンズ ライト インパルス。射手座に代々伝わる奥義。」
「知っているのですか、シオン。」
「だてに長生きはしておりません。前聖戦時の射手座、シジフォスが使うのを見たことがございます。」
「シジフォス・・・アテナとして懐かしい名前です。」


沙織は刹那アテナの顔になり、その表情は遠い昔に思いをはせているようだった。

「シオン、あなたは美矢お姉さまのことをどれだけ知っているのですか?」
「以前に美矢殿のピアスを視る機会がありまして、過去の大体は。最初は信じられませなんだが・・・」
「ええ、私も聞いた時には驚きました。いつかは黄金聖闘士全てを召集して話をしなければなりません。
 しかし、今は、今だけはお姉さまに、心安らかに眠って頂きたいのです。」
「そうですな、これから来たる真実に備えて。では私も退散致しましょう。火事の事後処理がまだ残っておりますゆえ。」

沙織は眠る美矢の手を、そっと握りしめた。


シュラは大火事の復興作業の合間をぬって、何度か美矢の様子を見に教皇の間を訪れていた。
しかし彼女はこんこんと眠り続けており、面会謝絶だと女官に断られた。
仕方なく退散しようとするシュラを呼び止めたのは、なんと教皇シオン。
慌てて跪くシュラにシオンは言った。

「シュラよ、美矢殿は数日中にも目を覚ますそうだ。体調面でも今のところ問題は無い。心配せずとも良いぞ。」
「本当ですか教皇!ありがたきお言葉にございます。」
「ただ、此度の始末が一段落したら、アテナは黄金聖闘士全員を招集する予定だ。」
「それは・・・」
「うむ、美矢殿の秘密について、皆に説明をする。
シュラよ、美矢殿に今後どのような事があれどもお前だけは傍に居てやれ。いまだ日が浅くとも、お前は彼女の伴侶なのだから。」
「教皇、貴方様は既に何かをご存知なのですか!」
「それは今は言えぬ。当日美矢殿から聞くのだな。では行くが良い。」

謎めいた言葉を残し、法衣をひるがえしてゆったりとシオンは去っていった。


数日後、火事の後始末も終わり、やっと聖域に静寂が戻った。
美矢もまる2日間眠り続けた末に目を覚ましたが、失った血が戻るまではとしばらくその部屋で静養し、その間誰とも会おうとはしなかった。

そして今日、教皇の間には全ての黄金聖闘士を前に、アテナとシオンが鎮座していた。
美矢の姿はまだ無い。
黄金聖闘士達は、みな煤を落とし綺麗に磨き直された聖衣を纏っている。
サガも法衣を纏い、今回は黄金聖闘士側に並ぶ。

「皆、此度の火事では本当によく働いてくれました。おかげで聖域も、ロドリオ村も守ることができました。」

アテナが頭を下げる。
そこへ噛み付いたのは相変わらずデスマスクだった。

「違えだろ、結局火事を消し止めたのは美矢だ。オレ達の手柄じゃねえ。」
「そうですアテナ、私達はあの業火に対し無力だった。美矢のおかげで助かったのです。」

サガが言う。彼は聖衣をカノンに渡していたので火傷が酷く、まだ一部包帯姿だ。
アイオリアが重い口をゆっくりと開いた。

「そう、俺達は美矢のおかげで助かった。射手座の聖衣を纏った美矢のおかげでだ。
 幼い頃に兄から聞いたことがある。射手座には代々、聖衣の特徴を生かし小宇宙の風を起こす奥義があると。
 アテナ、教皇。美矢は射手座の後継者なのですか!?兄の・・・アイオロスの・・・」

こぶしを握り締め、アイオリアが叫ぶ。

「それは違うわ、アイオリア。私は聖闘士では無い。その役目は既に一度終えているから。」

教皇の間に静かな、しかし凛とした美矢の声が響いた。
帳の中から、美しく輝く射手座の聖衣を身にまとった美矢が姿を現す。

仮面を外したシオンが美矢の傍に寄り、すっと手を取った。
童虎も片側に控え、美矢が壇上に来るのをエスコートしている。
聖闘士達の指導者とも呼べる最年長の童虎とシオンが、ほんの小娘である美矢にかしずいている。
驚く黄金聖闘士達を尻目に、二人の長老は美矢をうやうやしく女神の傍らへ迎え、辞儀をした。

「ありがとうシオン、童虎。でもこれ以上の歓待は無用よ。今の私は女神に仕える唯の戦士なのだから。」

彼女は二人に向かってにっこり笑った。
そして慣れた仕草で沙織の足元に跪き、深く頭を垂れる。艶のある黒髪がはらりと頬へ落ちた。

「女神アテナ、私に射手座の聖衣と指揮権をお貸し頂きありがとうございました。改めて御礼申し上げます。」
「いえ、良いのです。お姉さまのおかげで聖域は守られました。こちらこそ礼を言わねばなりません。」
「私ごときにはもったいなきお言葉にございます。」
「これは・・・一体?」

長老たちの驚くべき行動、そして普段とは異なる美矢の態度に、シュラやムウが困惑気味に呟いた。
アイオリアが叫ぶ。

「聖闘士では無い?役目を既に終えているだと?どういうことだ。その力、能力、技、全て聖闘士のものではないか!」
「アイオリアよ。射手座であった兄のことで気持ちが高ぶるのは分かる。しかし落ち着け。私が星見をした結果、美矢殿には守護星座が存在しないのだ。」

シオンの言葉にどよめく黄金達。彼らほどの者ともなれば、各々の守護星座はあってしかるべきもの。
守護星座が存在しないとは、それはアテナの聖闘士では無い事を意味する。
星座の加護を受けないものに、聖衣を装着することは出来ないはずだった。

そこへ進み出たのはムウ。

「わが師シオンよ。これは私なりの推測なのですが、美矢は過去の射手座から何らかの形で力と技を受け継いでいる者なのではないですか?その受け継がせた射手座とはどのような者かは分かりませんが・・・
 彼女は豊富な知識と古風な技を用い、そして所有する射手座の聖衣の一部は約500年前のもの。
 しかし美矢が生まれる前にアイオロスは既に誕生していた。
 これらの事を考え合わせると、そのような結論にしか至りませんでした。」
「お前も最近は書庫で色々と調べているようだったからのう。そこまで考えついたか。」

その時、一連のやりとりを見ていたアテナが口を開いた。

「ここで憶測を議論していても始まらないでしょう。
 本当は美矢お姉さまの為にも伏せておきたかったことですが・・・しかしここまできてしまったからには、皆に真実を伝えましょう。」

そして一呼吸置いて言った。

「美矢お姉さまは、前々回の聖戦で私、いえ、当時のアテナの為に戦ってくれた射手座の黄金聖闘士です。」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ