ガチャ…
「帰ったよ、なまえ」
「…おかえり、なさい」
スーツ姿の、そのひとは。
シュッとネクタイを緩めて微笑んだ。
高そうな腕時計や磨かれた靴。一目でお偉いさんだと分かる程、それは彼にしっくりきていた。
そんな人が、なぜ。
「どうして、ですか?」
「ん?なんだい」
「何で、あたしのことを…」
「ふふ。何度も言っただろう?」
ずーっと閉じ込めて置きたいほど、なまえが可愛いからだよって。
ぞくりと、背筋が凍った。
口元は笑っているのに、目には鋭い光が宿っている。
逃がさない、そう言っているように…。
「あれ、全然食事に手をつけていないじゃないか」
「…食欲がなくて」
「だめだよ、ちゃんと食べないと。ほら口開けて」
「…」
ふるふると首を振れば、スープを口に含んだ彼の唇があたしのと重なる。
すっかり冷めてしまったスープと、生温い彼の舌。スープが無くなってもお構いなしにあたしの中を暴れまわっていた。
「…ん」
「はぁっ、は…」
ようやく唇が離れたと思ったら、今度は彼の腕の中。
「ねえなまえ。欲しいものある?週末買い物に行こうか」
「…何もいらない。いらないから、」
家に、帰りたい…。
静かな部屋で呟いたその言葉は、やけに大きく響いた。
「…変なこと言うね。なまえの家は此処だろ?」
「ちがう…あたしの、家は…きゃっ!」
「今日は随分と反抗的だな。躾直さないと」
「い、いやっ、いやだぁっ…!」
「…黙れ」
ねえ、何でこんなことになっちゃったの。
「あはは!氷室さんって面白いですね!」
「そうかい?本当のことを言ったまでだよ。本当に可愛いよ。なまえ」
「っ…」
「照れてる?」
「うっ、うるさいですよ!」
数か月前の、幸せだったころの記憶。
いつから、彼はこんなに変わってしまったんだろう…。
「うっ…い、あ」
「お前は俺のものなんだよ。なまえ」
薄れる意識の中、彼が笑っていた。
羽をもがれた少女は地に堕ちた
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