APH
□心音と体温
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家を出た時にはすでに約束の時間を30分過ぎていた。
石畳をひたすら歩いたが、コツコツと軽快に鳴り響く靴音とは反比例してスピードには期待できない。
履いてくる靴を間違えたかなと思いながらも、やはり足元まで可愛らしくありたいと思うのだから、恋とはなかなか面倒なものだ。
一時間を少し過ぎたところでようやく彼の家へと到着した。
ノックをして暫くすると、ガチャッと音をたてたドアの先には相変わらずのくせっ毛を揺らしながら、人懐こい笑顔の彼がいた。
「ごめんね遅くなっちゃって」
「構へんよ、さぁ上がって上がって」
導かれるまま部屋へと上がると、テーブルの上にはワインボトルが数本転がっていた。
出迎えてくれた際に少し顔が赤いなと思ったけれど、なるほど結構飲んでるな。
「なんかいい匂いせぇへん?」
くんくんと鼻をひくつかせている姿を見て、自分が持っている遅刻の原因ともいえるものを思い出す。
「そうだった、これ良かったら。お腹は?」
「まだ何も食べてへんよ。あ、これもしかして」
匂いに覚えがあるのか、途端に目を輝かせる。
くせっ毛といい喜怒哀楽のはっきりした表情といい、年齢よりも幼く見える彼は私よりも年上なのにどこか少年のような雰囲気だ。
そんな様子に以前「可愛い」と言ったら、「うーん、複雑やなぁ」と苦笑されてしまった。後に知ったが、どうやら大半の男性には可愛いは褒め言葉にはならないらしい。
「うん、ミートパイ。トマト多めの」
可愛いなぁと口からこぼれそうなのを飲み込む。
少し違う分量で作った生地のおかげで、いつもの焼き時間では十分に加熱されず、その誤差が遅刻の原因となった気合いの割には恨めしいミートパイを差し出した。
「やった!俺これめっちゃ好き。嬉しいわぁありがとう」
わーい!と受け取り、食器棚からフォークとナイフを軽い足取りで取りに行く。
「いつまで立ってるのん、早よこっちおいで」
座ってと椅子を引かれ、やっと腰を落ち着かせてまずは乾杯。
恨めしいパイは気合いのおかげでいつものそれより美味しいのが救いだった。