APH

□花は華と
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 起きるなり花見がしたいですとおっしゃるので、急いで二人分に丁度良い重箱に有り合わせでなんとか華やかになるよう凝らした赤、青、黄のそれらを詰める。
丁度食べごろの小ぶりな梅干しをいくつか取り出し、それをお米の中に押し込みふんわりと握る。

前もって解っていればもう少し豪華なものを用意できたのになと思いながら、荒熱をとってから蓋をし、お気に入りの花柄の風呂敷に包んだ。

外はあれほど寒かった冬を忘れるかの様にすっかり陽気で満ちていて、春の暖かい香りがする。
当日に予定を立てるだなんて珍しいと驚いたけれど、こんなに良いお天気ならば花も見てほしいと思っているかもしれない。

「あまり人がいませんね」

「お疲れかと思いまして」

「それは助かります。よくこんな穴場をご存知でしたね」

彼はいつだって顔には出さないが、相当お疲れなのだろうと思う。

たまたまお買いもの帰りに寄り道して見つけた桜の木の下までやってきた。
本数が少ないせいか、そこは賑わいとはかけ離れた閑静な場所だった。

敷物を取り出し広げ、二人でちょこんと座る。

「良いお天気ですねぇ」

桜から漏れる日差しを眩しそうにして、おじいさんみたいな事を言うものだから、思わずクスリと笑ってしまう。

「どうせ爺さんですよ」

察知したのか、ふふと微笑む彼にお茶を差し出す。
重箱をぱかりと開けると、お茶を飲みながらゆったりと日向ぼっこをしていた目がそれに落とされた。
万遍なく取り分けどうぞと渡すと頂きますと合掌し、前に好きだと言っていたからと甘めに仕上げた玉子を美味しそうに頬張る姿を見て安心する。

「花より団子ですね」

桜を目の前にして二人で箸を進めている事に、桜に対して申し訳ないなと思う。



重箱は空になり、のんびりとした時間だけが過ぎる。
すぐ近くに彼が居て、こんなにものんびりしたのはいつぶりだろうか。
幸せだな、この時間を切り取れてしまえばいいのにと思うくらいに満たされている。

ふいに横からくしゃみが聞こえた。
花冷えですかねと言いながら鼻をすする彼に、

「羽織、持ってきていますよ」

と、ごそごそと風呂敷を解いていると、正座をしている下肢に重さを感じる。

「本当に、用意が良いですね」

そう言いながら、まどろむように私の足に頭を乗せている彼に、風邪を召されますよと羽織をかける。

少し強い風が吹き、桜がはらりと散る。

「髪、付いてしまいましたね」

彼のしなやかだけれど男性的な腕が伸び、そっと取ってくれる。
それは花びらではなく、綺麗に五枚の花びらが付いたままのものだった。

取って確認すると、再び腕を伸ばし私の髪へと戻す。

「似合いますよ」

そう微笑んだあと、少し寝ますと告げて目を閉じる。
綺麗な髪を梳くように撫でて、
次の春もまた来ましょうね、菊さん
と言うと、是非と返事をして眠ってしまったようだった。

撫でる手を休めずに、帰ったらこの桜を押し花にしようと考える。
時間は切り取れないが、思い出は切り取り残せる気がするから。

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