APH
□暑い、熱い
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収穫が追いつかないと頼まれ、彼のトマト農園にたどり着き早速収穫のお手伝いを始めたのがつい数分前だ。
途中いくつか頬張りながらさくさくと進める彼との距離は離れる一方で、私は慣れない作業と気温に手伝っているとはとても言えない状態である。
「大丈夫?」
「今日、暑いね。あんまり手伝える自信ないかも」
「無理せんでええで、そこの木陰で休んどき」
「アントーニョは暑くないの?」
タオルを肩から下げている彼は汗を一拭きして「慣れてるからなぁ。今日はまだましな方やで」と暑さを感じさせない爽やかな笑顔を向けた。
褐色の肌が証明しているように本当に慣れている様子で、トマトからなのか手元に置いている水からなのか解らない水分補給をしながら作業を続けている。
その様子を少し離れた木陰から眺めている私は何しに来たんだろうかと少しズーンと重い気持ちになっていた。
役に立ちたいのに満足に手伝えもしないなんてなぁと、地面に小さく座った膝の上に額をくっつけて考えていると、水音と共に全身に冷たい感覚が走る。
「わぁっ!」
勢いよく顔を上げると、アントーニョがホースを握って楽しそうに笑っていた。
そのホースからは水が勢いよく飛び出していて、そういうこと!とようやく状況を把握した。
「なにするの、冷たいでしょ!」
「え、気持ちよくない?」
髪も服もびちゃびちゃになったけど、確かに気持ちが良い。
「…涼しいけど」
「やろ?」
「じゃあ遠慮なくいくで」と再び私にホースを向けるので、濡れるとか、いい歳してだとか、そんな思いも忘れて子どもみたいにキャーキャー言いながら追いかけてくる彼から逃げた。
「ふふ、こんなにはしゃいだの久しぶり…」
結局お互い豪雨にでも遭ったような姿になったけど、それすらも楽しくて笑いが止まらなかった。
子どもの頃と違うのは、悲しきかな肩で息をしないと落ち着かない動悸だ。こればっかりはどうしようもないと、それはそれで苦笑が漏れる。
「たまにはええやろ。元気も出たみたいやし良かったわ」
「え?」
どういうこと?と目を合わせれば、穏やかに微笑んだ。
「なぁんか元気なかったやん。手伝われへんかったん気にしてるんちゃうかなと思って」
「俺が「手伝って」って頼んだんやし、気にせんでええのにー」と続けるけど「気にするよ」と返答した。
「だって全然役に立たなかったじゃない。気にするよ」
「そんな事ないで?」
「そんな事あるの!」
アントーニョは優しいから、そんな事はないと言ってくれるけれど、それを否定するように強めに言うと少し驚いた顔をした。
「…ほんまやで。だって俺、めーっちゃ楽しいもん。側におってくれるだけで、嬉しいもん」
ぽんぽんと、拗ねた子どもをあやす様に頭を撫でながらやっぱり微笑んでいる。
「それって役立ってるって言えるのかな」
「うーん、どうやろ。「役立つ」っていう言葉には当てはまらんのとちゃう?」
「じゃあ何?」
「「愛」とか?」
「「・・・」」
まさかの回答、それも即答に、お互い暫く静止画かと思うくらいに言葉はおろか微動だに出来ずにいた。
「さむっ!!!!俺、さむいやん!!絶対スベったやん今の空気!!」
「嫌やー帰るー」と顔を赤くしてのた打ち回る勢いの彼にギュっと抱き着いて「ありがとう」と伝えると「ど、どういたしまして…?」とやや疑問形の言葉と一緒に私よりも少し強い力で抱きしめ返してくれる。
「あつ…」
「慣れてるんじゃなかったの?」
あまり聞き慣れない彼の口から発せられる「あつい」という単語に首をかしげた。
「気温のせいちゃうやん、鈍感やなぁ」
「それに、色々アカンわ…」と続ける彼に、具合でも悪くなったのかと思ったら「そんな姿でくっつかれたらアカンわ…」と言う。
何の事だろうと自分を確認するように視線を落とすと、濡れたせいで服が肌に張り付いていてピッタリとしていた。
白に近い薄い色のシャツはそのせいで今にも透けそう…
「あ、あ、アントーニョのスケベ!!」
「なっ!仕方ないやん。たなぼたやん、たなぼた!そんなん見るな言われても絶対無理やで」
やけに「絶対無理」の部分を強調して言う彼に「ばか!」と再び水をかけた。
子どもの頃とは違うもの、もう1つあったようだ。