APH

□二人の時間
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 「今日はロヴィーノ帰って来えへんねん」

ごく普通に、ありふれたタイミングでそう言うアントーニョは心なしか元気がない。
ロヴィーノくんに嫉妬するわけではないが、アントーニョはいつも彼を気にかけて大切にしている。
聞けば、なんでも今日はお泊りらしい。「ええ子にできるやろか」だとか「夜中に寂しなって泣いたりせぇへんやろか」と心配しすぎなんじゃないかと思えるほど心配しているアントーニョはそわそわそわそわと落ち着きがない。

「大丈夫だよ、チビくん意外としっかりしてるし」

「そ、そうやんなぁ」

「それにこっちが心配するだけ損ってこともあるよ?」

「え?どういう意味?」

「向こうは今頃思い切り羽根伸ばしてるかもねって話し」

「えー嫌やぁ」

「寂しいのん俺だけかい」とついにはイジける彼に「まぁまぁ」となだめる。
「もしかしたら夜に泣いちゃって迎えに行くことになるかもしれないよ?」と低いであろう可能性を示すと「そ、そうやんな?」と少し元気になったみたいだ。

「じゃあ俺も久しぶりに羽根伸ばそかなぁ」

「それが良いと思うよ」

「いつもはロヴィーノが気になってあんまりいちゃいちゃも出来ひんしなぁ」とサラリと言うので飲んでいた水がおかしな方向に流れてゴホゴホと咽る。

「大丈夫?」

背中をさすりながら心配そうに覗きこんでくる彼を少し睨む。誰のせいで……!

しかし言われてみればそうだ。
いつもは恋人らしい時間なんて皆無に等しい。ロヴィーノが夜中に目を覚まして起きては再び寝かしつけたりと、恋人を通り越してまるで夫婦のような時間を過ごしているかもしれない。
彼の言うとおり、今日はもう少し甘い時間を過ごせるのだろうか?
そう考えると急にそわそわとしてくる。ロヴィーノがいる生活に慣れ過ぎて何となく締まりのない恰好だ。恋人らしい時間なんてどうせないだろうという考えに甘んじた結果がこれだ。
こんなことならば、もう少しましな恰好をするんだった。爪だってぴかぴかに磨いておいたし、髪だってもう少し可愛く手を込んだものにしたかった…
あ、下着は上下揃えてきただろうかとふと考えて「何を期待しているんだろう」と冷静になり恥ずかしくなる。
「顔赤いけど、どうしたん?」と聞いてくるアントーニョに、まさかそんな事を考えていたとも言えず「なんでもない!!」と早すぎる否定をするしかなかった。

「今日このまま泊まるやろ?」

「へぇええっ!」

「泊まらへんの?」

「と、泊まる」

アントーニョはタイミングが良いのか悪いのか、本人も気付いてはいないのだろう天然の成せる技なのかなんなのか、絶妙のタイミングで心臓がはねるような単語を口にする。
そのせいで間抜けな声が出た。彼には間抜けというより「えぇー」と否定的な発音に聞こえたのか寂しそうに再び尋ねるので「泊まる」とだけ伝えた。心臓はまだうるさい。

「なぁ、さっきから様子おかしいけど……」

「え!そんなことないけど!?」

「そんなことあるで」

「……」

こういう時だけ鋭いのはいかがなものか。そして嘘を付けない自分もいかがなものか。
いい歳した大人ならば、時にはフランクに嘘の一つや二つついたってバチは当たらないだろうに。

「もしかして、緊張してるん?」

何を今更と思う。彼にも笑われてしまうかもしれないと思うと素直には認められず押し黙る。

「俺はちょっとしてる」

「二人なんてほんま久しぶりやもんなぁ」と続ける彼はさきほどまで頭を抱える勢いで悩んでいた人と同一人物とは思えないほど爽やかな笑顔を向けていた。
「私も少し」と伝えれば「じゃあお揃いやん」と一層嬉しそうに笑う。

「で、もしかして色々考えてたん?」

「色々って?」

「それ言わせるん?まぁええけど……」

「ごめんごめん、言わなくていいから。解るからなんとなく」

今にも口を開きそうな彼を制止して、素直に且つ半ばヤケに「そうだよ下着揃えてきたかなとか考えてたよ」と言えば、一瞬目を見開いたあと、はははと笑い出した。

「べ、別にいやらしい女なわけじゃないから!た、たしなみとして…!」

「うん、解ってる。解ってるで」

まだ笑う彼に「しつこい!」と怒れば「ごめん」と謝り、「いやぁ、得したなぁと思って」と続ける。

「得?」

「うん、だってそんなつもり無かったし」

「えっ」

そのつもりが無い…?
一人で邪推して、しかもそれがバレて…。それって恥ずかしすぎるんじゃあ……
そう考えると恥ずかしすぎて、浮かれていた数分前の自分に「目を覚ませ」と忠告に行きたい気分だ。

「たまにはゆっくりするのもええかなーと思ってんけど、それなら遠慮せんでもええかなって。ロヴィーノおらへんし、よく考えたらゆっくりするだけは勿体ないわ」

「わ、私はゆっくり過ごすのもありかなぁって思うけど……?」

ニコニコと笑う彼に提案すれば「却下やなぁ」とやんわり断られる。

「火ぃ付けたんそっちやで。責任とりや」

口は災いの元とはよく言ったものだ。
少しの後悔のあと、まぁ良いかと思える。私の手を取って相変わらずニコニコの彼の体温をもっと近くで感じるのも悪くは無い。

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