WORKING!!
□揺れるピンク
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ワンルームの自宅に到着し、鍵を取り出すために肩にかけていた鞄を開く。
大きめのストラップが一番最初に目に入るはずなのに、今日はそれが無かった。
あれ?と思い、底の方まで手をもぐり込ませる。
帰る時に入れた記憶が無いことに予想はしていたが、やはり携帯をバイト先に忘れてきたようだ。
明日も入っているし、一晩くらい手元になくても困りはしないが、どこに置いてきたかが少し気がかりだった。
ロッカーなら良いが、最後に触ったのは休憩室だった気がする。
・・・
誰も見たりはしないと思うけれど、もしも相馬さんに拾われてでもしたらと思うとゾクリとする。
部屋に入ろうと鍵を回し、着ていたコートを脱ぎ思考をめぐらせる。
いくら相馬さんでも携帯を見るとは思わない。思わないが、なんとなく彼にだけは拾われてて欲しくないなと思ってしまうのは私の性格が悪いのだろうか?いや、それを言うならば相馬さんの性格に問題アリだろう。
うんうんと考えるが、そうだ!と思い自分の携帯へと電話をかける。
私用で店にかけるのはためらわれたので、早速自宅の電話から携帯番号をプッシュする。
誰もとらなければロッカーかもしれない。誰か気付いて出てくれたとしたなら、ロッカーに入れておいてとお願いできる。
あぁこれでお風呂に入ってくつろげると3コール目を確認したところで、繋がる。
「はい」
「・・・相馬さんですか?」
よりによって相馬さんとは…と思う。
「今、よりによって俺かって思ったでしょ」
「い、いえ」
絶対、今キラキラさせながら笑ってるんだろうな…
「あの、相馬さんが出て下さったということは休憩室にありましたか?」
「うん、そう」
「明日もバイト入ってるので、邪魔にならない所に置いててもらえますか?」
ロッカーに入れておいてもらおうと考えていたが相馬さんには頼めないなと思い、どこか隅にでも置いてもらえるよう言ってみる。
「えー」
予想外にも渋った返事がきた。
「どこでも良いんで…お願いします」
そう言うと、チャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうか?大家さん?
「すみません、人が来たみたいなので失礼しますね!ほんとどこでも良いのでお願いします」
返事も聞かずにピッと通話を終了させた。
電話をソファーへ投げ、玄関へと向かう。
「はーい」
「返事も聞かずに切っちゃうなんて酷いなぁ」
大家さんにしてはスラリとしていて、大家さんにしては爽やかな声に視線を上げるとそこに居たのは相馬さんだった。
「はい、これ」
あまりに驚き硬直していると、相馬さんは何とも思ってないような口ぶりで、やはり主張しまくっている大きめでピンク色のストラップを摘まんで携帯電話を目の前で揺らした。
「え、あ、ありがとうございます。どうして家…」
「ないしょ」
言い終わらないうちに、ニコリと微笑み人差し指を口にあてて内緒だと言う。
謎は残るがわざわざ持ってきてくれた事には素直に感謝するべきだろう。
「もうバイト上がったんですか?」
「うん、そう」
「家、こっち方向なんですか?」
「ないしょ」
秘密主義もたいがいにせいやと思わなかったと言えば嘘になる。
だが、よくよく考えれば彼の家がどこだろうと良いではないかという結論に至る。
そうだそうだと冷静を取り戻し、
「良かったら、お茶でも飲んで行って下さい。お礼にはならないかもですが」
と、部屋へと勧める。
じゃあお言葉に甘えてと、仮にも女子の一人暮らしの部屋に一度も遠慮することなく靴を脱ぐ彼に苦笑がもれた。
コーヒーを出して一息ついた頃、急にこの状況が恥ずかしくなる。
お互い私服で、場所は店ではない。こんな時間にお揃いのマグカップ(もちろん友達用だが)で世間話をしながらコーヒーをすすっている…
これってなんだか・・・
「なんか付き合いたてのカップルみたいだよねー」
相馬さんは心でも読めるのではないかと思う。
言葉に出されるといやでも赤面してしまい、それが解っていたように、私の顔がどんどんと赤くなるのを楽しむように眺めていた。
そんな相馬さんの視線が少し後ろにズレたことに気付き、何だろうと思いつられて目をやると部屋干ししていた下着が下がっていた。
「さっきから目のやり場に困っちゃって」
そう言いながらもじぃっと見ている相馬さんからピンクの小花柄のソレを隠すように立ち、慌てて棚へと仕舞った。
男性がこの部屋にやってくるのは初めてだから油断していた。
これ以上赤くならないだろうというレベルにまで顔は赤いに決まっている。
「じゃあそろそろお邪魔しようかな。渡すもの渡せたし、着やせするタイプだっていうのも解ったしね」
「セクハラですよ!」
「あはは」
笑って玄関へと向かい、ドアを開けたところでくるりとこちらへ向くと、
「俺の番号とアドレス、入れておいたから」
おやすみーと言ってバタンとドアを閉めて帰っていった。
いくら相馬さんでも人の携帯は触らないだろうだなんてぬるい考えを持っていた自分を戒めたい。
文句の1つも言えなかったので、早速メールを送る。
結果、メールの送信箱も受信箱も「相馬博臣」でいっぱいになり、戒めどころかそれすらも彼の手のひらで踊らされていた事なのだろうと思うと悔しくなる。
明日会ったら、まず何と言ってやろうか。