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□誓約と成約
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「金貸してくんね?」
天然パーマのふわふわした髪を揺らしながら、万年ニートの糖尿病予備軍が、しれっとふざけたことをぬかす。
「それが人に何かを頼む態度ですか」
「すんっません!!お金貸して下さい!」
本人はあくまで、ごくナチュラルにやり取りをしたかったのだろうけれど、それは甘いというものだ。
ぎろりと睨んでやると、すぐに態度を改め土下座して懇願してきた。
「このままじゃ銀さん、生活できなくて死ぬかも」
「あのね、爪に火を灯すような暮らしをしていてもなお困ってるなら多少援助してあげても良いけれど、あなたの場合は安定職でもないくせに遊びすぎです。どこにそんな余裕があるんですか。まずはがむしゃらに働いて働いて土埃にまみれてそれからお願いしやがれって話です」
この人はお金の大事さをよく解っていないんじゃないかと思う。
すこし割の良い仕事があったらその日の内に飲んで食べてパァにするような人だ。信じられない。
「まことに耳が痛いです気を付けます反省してます。…だからぁ、お金貸して☆」
全く可愛くなくむしろイラっとしかしなかった、彼なりの最大級の可愛さを爆発させてのお願いをされるが、全然反省する気がない事に「だめだこの人…」と呆れて物も言えなかった。
「これだけ…?」
結局財布から数枚お札を取り出し差し出す私はバカかアホか…
そう思っていると、その金額に難癖をつけてくる天パ。
「嫌なら他の人にでも借りて下さい」
無表情でお札を引っ込めると「うっそ!うっそだよ!有難いわー」と慌てた様子で懐にさっさと仕舞い込んだ。
「これを軍資金に、倍にしようだなんて考えないで下さいね」
アレで大金を得て家を建てた人は居ませんよとニコリと微笑むと、あからさまに図星の顔をして「そんな事思ってないよォ?」ととぼけている。
「はぁ…。良いですか銀さん、別に返すのはいつでも良いんですけどね、お願いですから堅実に使って下さい。ジャンプなら私の会社の人が毎週読んでるんで、なんなら読み終わったのを貰ってきてもいいですから」
「そうすれば毎週のジャンプ代は浮くでしょう?」と続けようとすれば「いやいやいや、ジャンプは発売日に読むことに一種のセオリーがあるからね!これは譲れないよね!」と、それを仕事に向けて欲しいと願うくらいの情熱で語られてしまった。
「…まぁ、もういいです」
甲斐性なんて言葉とは対極に位置するこの天パとこれ以上一緒にいると、こちらまで目が死んでしまいそうな感覚になり、小さな屋台の席を立った。
「あれ、帰っちゃうの?」
「心配しなくても、お代は置いて行きますから」
「そうじゃなくて」
「もうちょっと一緒に居てくれても良いんじゃね?」と手を掴むその手は温かくて妙に心地が良い。
毎回こうしてほだされて、良いように扱われている気がする。慰めて貢いで…私って何なんだろう?典型的なダメ男に尽くす報われない女じゃないか。
「だめ。だって銀さんと一緒にいてもその先に幸せはないでしょう?」
この辺りが潮時かなと考える。もう会うのも止めた方が良いかもしれない。
「傷つくわーそんな言い方」
「本当のことだもの。銀さんこのままじゃのたれ死にコースだもの。お金ないし、いっつも傷だらけだし、いつ死んじゃうか解らないんだもの」
「えー、だったら銀さんの生きる理由になってよ」
「え?」
「人間、守るものがあると強いだろ?生への執着だって出来んだろ?」
「それに、お前がいないとダメなんだわ。金はねーしニートだし頭こんなんだけどよ、誰よりも幸せにはしてやれる自信だけは無駄にあんだけど」
聞きようによってはまるでプロポーズだ。
自分の甲斐性のなさを自負した上でここまで言い切るとは…
「本当に、無駄な自信ですね」
立った席に再び座ると、すこし冷えた椅子が暑い身体にひんやりと気持ちがいい。
「アッレー顔真っ赤だけど、照れてんのォ?ねぇ銀さんの一世一代の告白に照れてんのォォ?」
にやにやと笑いながら、私の顔を覗き込んでくるが、「赤いのはお互い様じゃないですか」と指摘すれば「違うからね?銀さんのはアルコールのせいだからね?決して勢いで言ったものの後先考えなかった事に焦って赤いわけじゃないからね?」と妙に饒舌だ。
そんな様子に店主のおじさんが微笑んで、空になっていたグラスにお酒を注いでくれた。