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□匂い立つ
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天人が闊歩する時代がやってきても変わらないものはたくさんある。
夏は暑いし冬は寒い。加えて梅雨は蒸す。
梅雨入りしてから一週間が過ぎただろうか。連日降り続く雨にいい加減気が滅入りそうだ。
洗濯物は乾かないし湿気のせいで過ごし辛い。エコを意識して我慢していたエアコンのリモコンに手を伸ばし「除湿」の文字の誘惑に負けてスイッチを入れた。
湿度が下がるだけでこうも過ごしやすいのかと、もっと早くスイッチを入れるべきだったかもしれないと思いながらも「もう今日は部屋から出るまい」と心に決める。
引きこもりを心に決めた日は心底だらりと過ごすことにしている。
化粧だってしないし、髪も手ぐしでかき上げて束ねる程度。
「あー涼しい…」
麦茶を飲みながらゴロリと寝転ぶ。
このまま少し寝ようかと考えた頃、ドンドンとドアが乱暴に叩かれた。
心地良いまどろみを邪魔され腹が立ったので無視してみたがそれはしつこい。ドンドンドンと勢いを増す音に近隣への迷惑も考えて玄関へと向かった。
恐らく……という人物には心当たりがあった。
きっと情けないような気の抜けたような甲斐性がまるで無いような眠たいような、そんな顔をした人物が立っているはずだ。この湿気だからただでさえ爆発気味の髪がいよいよ爆破でもされたのではないかと心配するレベルのうねりという名のボリュームアップをしているかもしれない。
そんな思いつく限りの嫌味を思いながらドアを開ければ、予想をはるかに上回る生気のない目とボリュームアップした髪を乗せた彼が立っていた。
「うるさいです」
「第一声がそれ!?」
「こうでもしねーと居留守使うだろ」と続ける彼の作戦勝ちだ。
部屋から流れる冷気に気付いた彼は「え!エアコン付けてんの?」とあからさまに喜んだあと、お邪魔しますと無遠慮に上り込んできた。
「ちょっとちょっと!何勝手に上がってるんですか、私今日は忙しいので帰って下さい」
「部屋着にすっぴんで結構なこった」
「うっ…」
ニヤリと笑う彼は私が今日一日をゴロゴロと過ごす予定だった事などお見通しのようだ。
なんて憎らしい人だと睨めば気にしてない様子でそこに置いていた飲みかけの麦茶を飲み干した。
「そんな飲みかけ飲まないで下さい」
「アッレぇ?間接キッスとか気にしちゃう派〜?」
「・・・」
にやにやと下品にも見える笑みを浮かべている彼を無視して沸かしたての麦茶を注ぐ。もうもうと湯気が立ちあがるそれを渡すと「あっつ!」と小さく悲鳴をあげたので幾分スッキリした。
「すんません、冷たいの下さい」
「低姿勢でよろしい」
もしかしたら来るかもしれないと、どこか期待していたのかもしれない自分に嫌気すらさしたが、用意しておいて良かったとも思う。
冷蔵庫で今か今かと待っていた様に陣取るピンクのパックを取り出し注いで渡せば、その瞳をキラキラと輝かせた。
さっきまで死んだ魚のような目をしていたのに現金な人とおかしくて笑えば、一気に飲み終えた彼が「どうした?」と不思議そうな顔をした。
「別になんでも」
「そ。じゃおかわり」
「はいはい。お好きなだけどうぞ」
私の冷蔵庫にあれほど我が物顔で陣取っていたというのに、やや人工的な甘さのあるこの飲み物を私は好んで飲むことは無い。
買った理由そのものである人が好きなだけ飲めば良いので、パックごと手渡した。
「えー、手酌?連れねーの」
「いちご牛乳で手酌も何もないでしょうに」