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□STAND BY ME
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「元気が良いなぁ、何かいいことでもあったのかい?」
弧を描く唇とサイケデリックなアロハシャツが距離を詰める。
「メメさん」
彼は「メメさん」と呼ばれる事を嫌う。
可愛らしい名前がコンプレックスだからなのか、それとも呼ぶのが私だからなのかは解らないがその都度「出来れば忍野さんと呼んで欲しいものだね」と注意をされた。
「なんだい」
それでも呼び方を変えない私に「おっさんの言う事は聞いておくものだよ、君って顔に似合わず強情なのかな」と呆れた様子で折れたのか、以降は注意どころか返事をしてくれている。不本意そうではあるが。
「お腹空いてませんか?というかお腹空いてますよね?だって明らかに食生活どうかしてそうですもんね」
「事実だけど幾分腹立つ言い方だ。が、そうだね、お腹なら空いてるかな」
「隠しておいたドーナツ、忍ちゃんに食べられちゃった」と続けたその言い方が可愛らしい。こんな目が痛いアロハシャツを着た、一見素行が悪そうに見える「おっさん」に可愛らしいという形容は普通結びつかないものだが、彼は可愛らしい。なにもこんな形で名が体を現さなくても良いじゃないかと思うほどに。
「なら丁度良いですね。実はこんなところにお弁当があるんです」
ずっと後ろ手で隠していたソレをジャジャン!と効果音を付けて目の前に差し出すと「こんなところにって、ずっと持ってたの知ってるよ?」とすかさず一言挟んできた。
「強情ちゃんさぁ」
「強情ちゃんて、それ私の事ですか」
「他に誰が居るんだい?」
疑問に笑顔で答える。やけに爽やかでアロハが一層眩しい。
「強情ちゃん、もしかして僕のこと好きなの?」
「好きです」
「……えらく即答だね。そこはもっと、このいきなりの発言に驚いたりするところじゃないのかな?」
勘違いをしている。
驚かないわけがない。ただ、驚くより先に答えてしまっただけで心臓が今にも爆発しそうなくらいに脈打っているし、手だって震えている。
その手からお弁当を受け取ると「まいっちゃうね」と嘘くさく照れながら合掌をし、もぐもぐと頬張り始める。
「おいしい……ですか?」
「人体に影響が出ない程度にはね」
つまり極めて不味い寄りの普通の味だと、そういう事なのだろう。
あーあ、とうなだれる。
「指」
人体に影響が出ない程度のソレをそれでも頬張りながら私の手に視線を向けた。
「もう震えてませんよ」
心臓はまだバクバクと音を立てたままだが……
「いやそうじゃなくて。バンソーコー」
指摘されて腕をサッと後ろに回す。
「絆創膏の数と味が比例してないよ、とか言いたいんでしょ?解ってますよ」
「そんな事は思ってないさ」
「じゃあどんな事考えてるんですか」
何を考えニヤニヤと笑っているのかその理由を知りたくて訊ねると含む様にしてますますニヤニヤと笑う。
「さっきまでお弁当隠してたけど、本当に隠してたのは指の方だったとはね」
「強情ちゃんは中々可愛らしいところがあるね。いや、この場合可愛らしいというよりいじらしいが正解かな」と愉快そうに笑う。
彼がこんな風に笑うのを初めて見た。
歳の割に無邪気に笑うだなんて、こんなところにも名の可愛らしさが現れてしまっているのだろうか。
「こういういじらしい行為は男心を掴むには良いよ、実に効果的だ。味はともかくね」
「え、じゃあメメさん」
「もしかして、私に少しでも心揺れました?」と続けようとして遮られる。
「ただ、通用するのは若者だけかな。おっさんには眩しい」
「ごちそうさま」と再び合掌して結局空っぽになったお弁当箱を「洗ってないけど、ごめんね」とそっと私に向けた。
「……眩しいのはメメさんのシャツです」
「失礼な。これは僕のアイデンティティでもあるんだから悪く言わないでほしいものだね」
顎髭をさすりながら向ける目は飄々としている。
悟らせない、踏み込ませない。彼はいつだってこの砦を崩すことは無いのだ。
「おっさんおっさんって、そんなにおっさんになりたいんですか。私には「おっさんでないといけない」様に聞こえます」
ピクリと砦が動いた。
「メメさん、逃げないで下さい」
「逃げる?僕が強情ちゃんから逃げてると言いたいのかい?」
一瞬、確かに動いた瞳は再び拒絶の色を滲ませる。
「メメさん」
「なんだい」
「私のこと、好きですか?」
思い上がりではないと信じたい。
もしかしたら「強情ちゃん」ではなく「ストーカーちゃん」になっていたかもしれないほど、私は彼の側に居たのだ。
そして彼は、そんな私を側に置いた。勝手に側に居ただけとはいえ、彼は側に置いたのだ。
「あのねぇ」
珍しく眉間に皺を寄せて頭を抱える彼は次の言葉を中々言わない。代わりに出てくるのは溜息ばかりだ。
「こういう生業だとさ、面倒なんだよ色々。僕は残したくないの、相手の為にも何より僕の為にも」
「あー、言ってる事、解ってくれるかな?」と頭をガシガシとかいて私を伺う様に見る。
「「面倒」だなんて言葉を使って突き放そうとする優しい人ですメメさんは」
「そういう所が好きなんです」目を逸らすこと無く真っ直ぐぶつけた。
「私は残されません。だってメメさんは残して勝手に死んだりしません」
「過大評価しすぎだね。僕だっていつかは死ぬよ。それが明日か明後日か、一年後か五年後か……それは解らないけどね、万能ではないって事だよ」
「それでも強情ちゃんは僕を選ぶの?」と困った様に、だがすがるような目で私を捕える。
「私の質問が先です。メメさんは私のこと好きですか?」
「そうだね、もしかしたら人体に影響が出てしまうくらいには」
「解りにくいですけど、それはひょっとしなくてもものすごく好きってことですねメメさん」
二度とは言わぬといった姿勢をとる彼に堪らずぎゅうと抱き着いた。
「大胆だなあ、おっさん困らせて楽しんでるわけではないよね?」
「まだおっさんて言うんですか」
「自制という意味でね」
彼にも煩悩があるのかと意外な様な、安心した様などこか複雑な気持ちだ。
「メメさん」
「なんだい」
この距離で視線を合わせるのは初めてで、伺う様にして私を見る彼の表情が穏やかだという事に満たされるものがある。
だから声を大にして伝えられる。私の、質問に対する答えを。
「私はメメさんしか選びません。選べません」
「元気が良いなぁ、何かいいことでもあったのかい?」
距離感を無視した声に彼は一瞬驚き、そしていつものお決まりの台詞を口にした。
「はい、とっても」と答えると「そいつは奇遇だね、僕もだよ」と弧を描いた様に笑うと同時に目の前のサイケデリックなアロハシャツが詰める距離に目を閉じた。