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□そもそもの根源
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 夕食の準備でもしようとキッチンへ向かうと同時にインターホンが鳴る。
一人暮らし用ワンルームの部屋は数歩でキッチン、数歩で玄関までたどり着く。キッチンへと向けた足を玄関へと向けてドアスコープを覗くと黄色いふさふさしたものが揺れていた。
薄暗い背景が意味する時間と、仮にも女の一人暮らしだ。当然ながら警戒する。
そのまま暫くスコープに張り付いていると突如画面いっぱいの黒。驚き息を飲むと、黒の先から鋭い瞳と目が合い飲んだ息で喉が詰まりそうになった。

人間、驚きすぎると死がチラつくんだな……なんて思いながらげほげほと咳き込みドアを開ける。「よぉ」なんて気軽に手をあげる人物はバーテン服を着た胡散臭い金髪の色メガネ、平和島静雄だ。

「立つ位置、近くない?あと外からスコープ覗いてもこっち見えない上に相手にちょっとしたホラー体験させるだけだから。」

ましてや貴方の目つきなら、より一層。と心の中で続けていると「ドア壊さなかっただけ有り難く思え」と随分と尊大な態度だ。
何も言えずにジロリと見ると「邪魔していいか」と訊ねるので「仕事忙しいんじゃ無かったっけ」と嫌味で返すと静雄が未だ握っていたドアノブがミシリと音を上げたので「狭い部屋ですけどもどうぞ!」とさっと道を空けた。
ドアノブを壊されるのは地味に困る。ただでさえ、普段そうやすやすとは壊れない備品の修理や交換を頼むたびに大家さんに白い目で見られるというのにドアノブは困る。

「どうしたのいきなり。仕事は?」

暫く忙しくなりそうだと前に言っていたはずだと記憶をたぐり寄せながら問う。

「近く通ったから。またすぐに戻る」

要するに「顔を見に来た」というやつだろうか。知ってはいたが相変わらず顔に似合わず繊細でロマンチストな人だ。

「あ!丁度良かった!」

会えないと思っていたので、すっかりその事を忘れていたが、ふと目に留まったカレンダーを見て思い出す。
背中に視線を感じながらごそごそと冷蔵庫を探る。

「あった」

半分は真面目に、半分は面白くなるかなと笑いを堪えながら包んだ包装紙とリボンが特徴的な小さな箱を手に、静雄の隣に座った。

「これ、良かったら」

「なに?」

小さな箱は静雄の手に渡ると余計に小さく見える。
予想通りファンシーな包装紙とパステルカラーで整えたリボンが静雄とはミスマッチすぎて面白い。

「なにニヤニヤしてんだ気持ち悪ぃ」

必死で笑いを堪えたがためにニヤニヤしてしまった事は認めよう。が、気持ち悪ぃとはいかがか。仮にも彼女に対して気持ち悪ぃとはいかがなものか!

「今日はほら、バレンタインデーだから」

面白い気持ちと拗ねたい気持ちをグッと堪えてそう告げると、サングラスの奥で瞳がカッと見開いたような気がする。

「お、おう」と短い返事で済まして平静を装ってはいるが照れているのが見え見えで微笑ましい。
照れている事を微笑ましく思っていることに気付いたらきっともっと照れて、そうしたら私はもっと微笑ましくなって……と無限ループに陥るので私が微笑ましいなぁなんて思っている事は悟られてはいけない。
そして有り難い事に、私は静雄よりポーカーフェイスなのだ。

「そんなに握ってたら溶けるよ。なんなら開けて今食べちゃう?」

何度かの失敗の末にようやくできた、形も綺麗なハート型のソレが溶けてしまっては努力が報われないのと、ハート型を見て照れる静雄をこの目で見てやろうという思惑からそう提案すると、早速リボンを解きガサガサと包装紙を破いた。
折角綺麗に包んだのに、こんなに無残な姿になって……と少し悲しい。

予想通りハートを目にした静雄は照れた。盛大に照れた。
照れたと言うよりむしろ固まっているようにも見える。それが可笑しくて必死で笑いを堪えているとバキッという不吉な音が響く。

「え、何の音?」

私の問いがスイッチであったかのように静雄が「何でも無ぇ」を連呼する。チョコを後ろ手に隠して。

「何よ、ちょっと見せて」

「馬鹿、やめろ!」

必死の攻防の末、私が目にしたものは見事と表現しても良いほど真っ二つに割れたハート。

「……アーーーーッ!!」

ハートを指差し小学生のようなリアクションをした私に静雄はビクリと肩を震わせた。

「ちょっと、なに力んでるの!そりゃ静雄はチョコレート貰った事ないから嬉しかったかもしれないけど嬉しさのあまり力んで割らなくてもいいでしょ!それもわざわざこんな縁起でもない割れ方!ひどい!」

「なっ……!チョコくらい貰った事あるっつーの!馬鹿にすんな」

「論点そこじゃないわよ!」

いや、彼にとっては大事な論点ではあるのだろうが、今はそこじゃない。少なくとも私の努力を返して欲しい気持ちだ。

「よりによってこんな……」

まるで失恋でも表すような真っ二つに割れたハートを手にしてぽつりとつぶやく。

「くっつけようぜ、な?」

「断面溶かしてくっつけたところでヒビは残るでしょ……」

「悪かったって。機嫌治せよ、なぁ?食えば一緒だろ」

優しくなだめたつもりだろうが、最後の一言が引っかかった。食えば一緒……確かにその通りだが、そんな雑な解決法ってどうなんだろう。綺麗な形で渡して、綺麗な形で食べて欲しいと何度も練習した私の気持ちを無碍にされた気持ちでイライラとしてきた。

「もういい。これは私が食べる」

それだけ告げて、割れた内の1つをパクリと口に放り込むと腹立つくらい甘い。

「それ俺のだろ、勝手に食うな」

残ったもう1つのかけらに手を伸ばすと、取られまいと静雄が奪うようにして口に入れた。
こんな不完全なものを食べて欲しいわけではない。そんな気持ちからおのずとジロリと睨むともう動じないのか静雄と真正面から目が合った。

「こうすりゃ、きっとくっつくだろ」

「え?」と聞くよりも早く、気付いた時には荒々しいキスで塞がれていた。
獣のような人ではあるが、根は優しい彼らしくない、舌を絡め取られて呼吸をするのもやっとの猛々しいものだ。
ようやく解放された時には酸素を取り込むのに必死になった。

「どんな方法かと思えば……」

「嘘はついてねーだろ。食えば一緒、混ざれば割れたもクソも関係ねー」

「……臨也みたいな理屈こねないでよ」

瞬間しまったと思う。
珍しく静雄が理屈っぽいのでつい新宿の彼の名を口にしてしまいハッとする。

「今、「い」とか「ざ」とか「や」とか不愉快極まり無ぇ単語が聞こえたなぁ」

言ってる事に反して口調はやけに穏やかなのが余計に怖い。完全に機嫌を損ねてしまった様だ。
額の辺りにビキビキと数本の血管が確認できる距離まで追いつめられると、フッと視界が変わった。
照明を背負った静雄の表情は見えにくい。その事に今の体勢を理解して押して抵抗を試みるがビクともしない。
その手を簡単に一つにまとめてフローリングに押さえつけられる。

「仕事、すぐに戻らなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

「んなモン、後回しだ」

そう言わずに急いで向かって下さい!とは思ったものの、スイッチが入ったのであろう彼は慣れた手つきで蝶ネクタイを外す。
その姿を見て、口を滑らせた事を悔やみながらも諦めた。
押さえつけられた手は少しも痛くない。彼が力を加減する事が難しい事くらいは理解している。だからそれが嬉しくもある。
ただ、その加減をチョコの時にも発揮して欲しかったと思わなくもない。

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