WORKING!!2

□彼の中での標準
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 相馬さんの様子がおかしい。こんな人だったっけ?と思わずにはいられないほどだ。

「近くないですか」

「普通じゃない?」

「普通ではないかと……」

「じゃあ普通ってどんなの?」

「わかりません」

そうなってくると、そもそも「普通」とは何なのか、何をもってして普通なのかという小さいながらも考え始めると宇宙規模にまで発展しそうな疑問が生まれ、それだけで疲れてしまい溜息が漏れた。

様子がおかしいと評した相馬さんだが、その傾向は付き合い始めた頃からあった。
なんていうか、ベタベタなのだ。彼の身体がべっとりしていて不快だとかそういう話しではなく私との距離が、という話しである。
あまりの意外っぷりに驚きはしたが、私自身、付き合いたてというテンション、その他を狂わせるシャランラと煌いた時期でもあり深くは考えていなかった。
とはいえ今が煌いていないかと言えばそうではない。十分に煌くし、十分にときめく。おそらく脳内では恋愛ホルモンが分泌されているであろう状態には違いない。その証拠にお肌はツヤツヤである。
ただ、やっと最初に思った意外という部分に目を向ける精神的余裕が生まれただけだ。

今現在もレポートを制作すべくパソコンに向かう私から離れまいと後ろからのっしりと体重を預ける相馬さんの距離は当然ながら近い。
近いし、重いし、恥ずかしいし、まわされた腕が首の近くで若干苦しい。
要約・省略して「近くないですか」と言えば、宇宙規模にまで発展する疑問。もうどうしろと。

「あの、相馬さん」

「なぁに?」

パソコンから手を離し対象を自分に向けられた事が嬉しいのか、相馬さんは「待て」の状態から「よし!」を言い放たれたしつけの行き届いたワンコの様に待ってましたとばかりに更にぐいぐいと距離を詰めた。

「違います違います、そうじゃなくて」

「そう」ってなんだ!と自らに心の中で思う間も相馬さんは聞こえて無い様子で押し倒さんばかりの勢い。
流石に少し焦って「違いますってば!」とタイムタイム!と背中をばんばん叩くと、緊急事態で加減ができなかったのか結構な音がした。

「痛い痛い!」

「だって相馬さんが」

背中をさする相馬さんは少し不機嫌そうでドキリとする。

「俺が、何?」

なおも距離を詰める相馬さんに慌てて「相馬さんが近いから!!!」と言えば「だから普通でしょって言ってるでしょ」と返された。

「そうじゃなくて。私まだレポートありますし……ね?」

「「ね?」って、そんな可愛く言われるとなぁ」

察してくれると嬉しいなぁと思っただけで可愛く言った覚えはないのだが、相馬さんの動きは鈍った。
あ、解ってくれたのかも!勘違いだけど好都合かも!と思ったのも束の間、「やっぱり無理」と再び勢いを取り戻してぎゅう!と腕に閉じ込められる。

完全に気を抜いていたせいもあり、もがき、声にならない声を上げると「そんなに嫌?」と悲しそうな顔を向けられた。

「い、嫌っていうか……あの、そもそも相馬さんってそういう人でしたっけ?」

「どういう事?」

「あの、今もですけど、こう…べったりくっ付いてきたりするイメージ無かったんですけど」

「あぁ……」

なぁんだと言いだけに納得すると、相馬さんは一言でその回答を済ませた。

「好きだから……ね?」

さっきの私の真似だろうか?
「ね?」と可愛らしく答えた相馬さんは今後もこの距離感を保つのだろう。
彼の中での「普通」の基準には順次慣れていくとして、これはきっと幸せなことだと思いたい。

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