WORKING!!2
□鬼の居ぬ間に
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本日何度目か解らない溜息をつくと「なんかあったのか?」と頭上から声がした。
見上げると佐藤さんが近くに立っていて驚く。とっさに「そんな事ないです」と答えても「この距離で気付かないくらいぼんやりしといて」と揚足を取られた。
「話くらいなら聞くぞ」
興味無さそうな顔とは裏腹に言葉は優しい。
こういう男性はきっとモテるのだろうと一人納得する。信用するに足りすぎる彼にひとつ相談する事にした。
「最近相馬さんが変なんです」
「そうか?」
「いつもと変わらないだろ」と佐藤さんは言うが、それなら相馬さんはいつも変という事になる。
あながち間違いではないが、言葉を続けた。
「最近ほんっとうに意地悪なんです」
「それもいつもと変わらないだろ」
「違うんです!『ほんっとうに!』なんです」
強調部分に圧倒されてか佐藤さんは押し黙ったと「どんな風に?」といつもと変わるその部分を訊ねる。
「いつもの意地悪はなんていうか、爽やかながらも陰湿といいますか、陰湿ながらも爽やかなんですけど」
説明の途中で「いや、その時点で結構なもんだろそれ」と佐藤さんは言うので「そうなんですけど」とした上で続ける。
「最近は直接的というか、威圧的というか、殺伐としていて……!とにかく酷いんです」
必死の訴えに、片方の目が憐みを含んだ様な気がする。
「心当たりは?」という質問に「無いですよ、無いから理不尽なんですってば!」と答えると頭をよしよししながら「まぁ落ち着け」と諭される。
「落ち着いてられませんよ!今日だってさっきいきなり頬はつねられるし、ものっすごい笑顔で私を見てると苛々するなぁって言うんですよ?」
「それは……穏やかじゃねーな」
「でしょう?」と大きく頷き、相当溜まってたんだなと自覚するくらい自分でも驚くほど饒舌に不満を爆発させた。
「だから私、聞いたんです「相馬さん私の事嫌いなんですか?」って」
「そしたら何て」
「「なんでそうなるの?」って溜息つかれました」
「こっちが溜息つきたいですよ!」と続ける間、佐藤さんの目はどんどん憐みを帯び、なでる手は止まらなかった。
「なぁ、今朝って確か……」
漫画で表現するところの頭から湯気が上がるソレに似た状態の私に伺う様に佐藤さんが口を開く。
「真柴1号、来てたよな?」
「陽平さんですか?来てましたけど」
「……」
「それがどうかしたんですか?」と訊ねても佐藤さんは暫く何かを考える様に口を閉ざした。
「あぁ……まぁその、お前も大変だな」
「え、何ですか、ちょっと」
急に「我関せず」といった態度の佐藤さんにいささか疑問を感じる。
憐み帯びた目は憐みどころか完全に慈しみの目に変化し、頭を撫でる手は慈愛に満ちている気がするのも気になるところだ。
「相馬の態度が変わったのって、真柴兄妹が来るようになってからだろ」
そんな事を言われて考えてみるが、あまりピンと来ない。
「解らないです」
「思い出してみろ」
「えー」
ピンと来ないものは来ないのだから、思い出すも何も……と口を尖らせる。
「思い出してみろ、お前真柴1号にホールの仕事教えたりで付きっきりだったろ」
「それは、そうですけど」
思い出すも何も、それは事実だ。でもそれが何が?というニュアンスで答える。
「アイツはそれが気に食わないだけだ」
「気に食わない?」
アイツっていうのは相馬さんの事だとして、気に食わないとはどういう事なのだろう?と首をかしげるも「まぁ頬つねられたりされたくなかったら構ってやるんだな」と言い残して佐藤さんはタバコを片手に外に向かった。
確かにこれ以上つねられるのはどうかと思うが、その解決策がただでさえちょっと面倒臭い相馬さんに構えとは……と佐藤さんのアドバイスにまた一つ溜息が漏れた。
「佐藤くんと何話してたの?」
「うわ!相馬さん!!」
思い切り気を抜いていたその背後から声をかけられて心底驚くと「うわ!って酷いなぁ」なんて言っている。
これくらい相馬さんの仕打ちに比べたら何てことないと思うが、反論すればきっとまた意地悪をされるに違いないので何も言わないでおくとした。
「ちょっと佐藤さんに相談を」
「俺には?」
「俺には相談してくれないの?」と即反応をする相馬さんを思わずチラリと見ると「何そのまるで俺は信用できないとでも言いた気な目!」と心の中を読んだかの様な事を言う。
「相馬さんの事を本人に相談するわけにはいかないですから」
「え!俺の事?なになに」
気のせいか、心なしか相馬さんがパァァと目を輝かせた。
「……」
黙っていると「なんだ、悪口か……」と呟く。
「悪口っていうか、最近相馬さんの意地悪が酷いんですって話してただけです」
佐藤さんのアドバイスも結局よく解らない上、悪口だと思われるのもどうかと思い、この際直接本人に尋ねてみようとはっきり口に出すと「悪口だよねそれ」と言うので「違います。ただの事実です」と返すと「あ、うん」とどこか諦めた雰囲気だ。
「どうして相馬さんは私の頬をつねったりするんですか?前までは笑顔で精神的に追い詰めたりしてくるだけだったのに、最近変です」
「精神的に追い詰めるって……そんな事してないでしょ」
「いいえ。笑顔で人の小さな秘密をチラつかせてくるじゃないですか!」
「洗い物変わって欲しかったらそう言ってくれればいいだけなのに!」と続けると「それじゃあ面白くないでしょ!」と至って真面目な顔で返答された。なんだか一気に脱力だ。
「じゃあ私の頬をつねるのも面白いからですか」
「それは違うかな」
「面白くないならやめてもらって良いですか。痛いので」
懇願すると「えー」と渋る。
面白くもない私の頬をつねったところで何だと言うのだ。
「で?佐藤くんには何かアドバイスもらえたの?」
「もらいましたけど……」
結局よく解らないアドバイスだっただけに言いよどむと「けど?」と続きを催促してくる。
「相馬さんに構えば良いって」
「なにそれ」
貰ったままのアドバイスを伝えると本人もよく解らないといった顔をする。
「私が真柴さんに付きっきりなのが気に食わないんだろうって」
「……佐藤くんのやつ」
ぼそりと相馬さんがつぶやくので「え?」と聞き返すと「なんでもないよー」と嘘くささ全開の笑顔でかわされた。
「あの、つまり相馬さんは私に構ってほしかっただけなんですか?」
「あ、そういう解釈しちゃうんだ」
やっと「これかな?」という原因にたどり着いたので口にすると、やや呆れた様子。
「気付かない?こんなに解り易いのに」
「佐藤くんがほぼ正解出してるんだけど」と続けるが全く解らないでいるとまた呆れる。
次の瞬間には両頬に痛みが走る。
「いひゃいです」
すぐにつねられている事に気付いて痛みを訴えると意外にも解放された。
「一気に両方ともなんて、酷いです!」
すぐに「いえ、片方だろうが痛いですけど!」と訂正した。
「こっちは鈍感さにイラっとした分」
涙目で訴えてもしれっとかわされ、代わりにそう言って右頬を指差す相馬さん。
「こっちは佐藤くんと二人で仲良さ気に居るのを見てイラっとした分」
今度は左頬を指差す。
「どうしてイライラするんですか。やっぱり私の事嫌いなんですか」
「好きだよ」
即答と真面目な声音に一瞬勘違いしそうになり、「Likeの意味だ。落ち着け自分!」と言い聞かせる。
それでも顔が赤くなってしまったのか、可笑しそうに目の前で笑う相馬さんが憎い。
「俺ね、好きな子はいじめるタイプなんだよ」
「しょ、小学生男子みたいですね」
「ほんとそうだよね」
どうやら自覚はあるらしい。
続けて相馬さんは言う。
「俺の意地悪が度を増したというならそれは……」
「それは?」
ついに真相解明の時が来た!とある種わくわくと続きを期待していると相馬さんは「やっぱりやーめた」とにっこり微笑む。
「意地悪しないで教えて下さい」
「だから、好きな子はいじめるって言ったでしょ」
それだけ言いと「じゃあそういう事で」と全くどこをどう「そういう事」なのか解らない私を残して颯爽と去って行った。
タバコを吸い終わり帰ってきた佐藤さんが「お前、さっきより眉間のシワ増えてるぞ」と眉間を伸ばす様にぎゅうぎゅうと押した。