WORKING!!2
□良好を極める
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「おはようございます」といつも通りの挨拶をしてやってきた彼女はいつも通りではなかった。
制服のブロックチェック柄のスカートが印象的だったせいかタイトなカラーパンツ姿は新鮮だし、髪だってゆるく束ねているので少しだけ大人っぽく見える。
「そうか、今日から春休みだっけ?」
「春休みというか、昨日卒業式だったんです」
卒業式という単語に、自身もそう昔の話ではないというのに懐かしい気持ちになった。
来月から新生活を控える彼女に微笑ましいような、寂しいような妙な気分だ。
「進学?バイトは続けるの?」
「え?……いえ、就職なので」
てっきり進学するのだろうと思っていたので驚くと、「相馬さんの事なので全部知ってるかと思ってました」と相手も驚いた。
「就職かぁ……じゃあバイトの俺より汗かき働いて、バイトの俺よりいっぱい稼ぐんだね」
「なんとなく気が滅入るのでそんな言い方しないで頂けますか」
げんなりといった表情をする彼女に「ごめんごめん」と軽く謝ると「軽いです」と真っ向から突っ込まれる。こういうツーと言えばカーなやり取りが心地良い。
「新入社員は目を付けられやすいんだから、悪い男には気を付けなよ」
これから出会いも増えるだろう。寂しい気持ちを誤魔化す様に、ひとつ助言をした。
流石に「男と出会うな」とは言えない。言えた立場でもないし、何より嫉妬なのか、仲が良かった元同僚に対する独占欲なのか、はたまた親愛か愛情なのか自分でもよくは解らない感情でいっぱいいっぱいなのだ。
「え?」
先ほども気になったが、まるで「何でそんな事言うんですか」とでも言いたげな表情で疑問を口にする彼女は「えぇと……」と思案する様に口を開いた。
「あの、私……。春からココの正社員なんですけど」
「……ん?」
鳩が豆鉄砲を食らったところを見る機会はそうそうあるものじゃないし、単なることわざの一つ、比喩の一つである事も解っているつもりだが、今の俺はまさしくその鳩に違いない。
そんな俺の様子に気付いた彼女が「あーおかしい!」と声を出して笑う。
「さっきから会話がちょっと噛み合わないなって思ってたんですよね」
「そっか、店長誰にもまだ言ってないんだ」と一人納得する彼女は俺をみて再び笑った。
「え!就職って、ココ?」
「そう、ワグナリアです」
「相馬さんより汗かいて働いて、相馬さんよりいっぱい稼ぎますね!」と意地悪く言う姿が少々憎らしい。
「悪い男の件はどうするつもり?」
「悪い男の人って……そんな、皆知ってるのに」
「古巣に骨をうずめるだけなので」と微笑む彼女はやはり昨日までとは違い大人っぽく感じた。
「解らないよ?意外と近くに居たりして」
「近くって?」
「俺とか」
一瞬の間を置いて「あはは!」と楽しそうに手を叩きながら笑う。
「笑うなんて酷いなぁ。もしかしたら今後そういう仲になるかもしれないよ?」
「仮にそうなったとしても、相馬さん別に悪い男の人じゃないでしょう?」
真顔でそう返されるとなんとも返答に困る。「仮に」という言葉もやけにズシリと感じる。
確かに別に取って食ってやろうとは思わないけれど、その辺は理性との兼ね合いなわけで……
仮にと付けてくる割には意外と彼女の中での俺の評価が低いわけではない。不思議な気持ち、いや、複雑な気持ちだ。
来月からは立場上上司になる彼女にはますます敵いそうにない。