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□青が春い
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 高校二年、夏。ここにきて真琴くんの株が急上昇している。
理由はいくつか思い当たる。思い当たるというより、周りの、他クラス他学年にまで及ぶ女子の反応を見ていれば一目瞭然だ。
「脱ぐとスゴイんです」と男性向けグラビアのキャッチコピーかと言わんばかりの、風貌からは想像できないカッチカチの肉体美によるところが大きいのだ。まったく女子とはギャップに弱い。
加えて彼の安定感ときたらすさまじいものがある。温厚で、年の離れた弟妹がいるせいか年齢の割には落ち着きがある。家庭の香りがすると言っても良い。
女子高生が好む要素を元から所持しているところに、足りないと思われていた男らしさを肉体で補った彼の株は、考えてみれば急上昇もするのも納得である。

「ひぃぃぃぃ!!」

ベッドを背もたれにして画面に向かう彼の真後ろに、うつ伏せの状態から頬杖を付いてつむじでも探そうと手を伸ばした瞬間、情けない悲鳴が響く。

「もう無理!無理!無理!!」

コントローラーを握りしめるだけで抗う事を諦めたため、画面の中の彼の分身はガブガブと 血しぶきをあげながら無残にゾンビに食べられてゲームオーバーの血文字がおどろおどろしく広がった。
瞬間プツン!とゲーム機とテレビの電源を切った彼は、こちらに振り向くと「無理!!」と一言発する。

「相変わらずホラー系はダメなのね」

「無理!怖い」

「……」

本気で怖がる様に、彼に黄色い悲鳴をあげている女生徒たちの顔がチラつく。
温厚で家庭的でワイルドな肉体を持つ橘くんが、実は結構な臆病である事を彼女たちが知れば、株は大暴落に違いない。

「真琴くん、きみは勿体ないね相変わらず」

「勿体ないって何が」

「うーん……。色々と無自覚なところ」

おそらくビッグウェーブだ。
にも関わらず彼はそのモテ期の到来に気付いていない。

「よく解らないけど、もしかしてけなされてる?」

「いやいや、大変助かっております」

彼がぼんやり屋さんで良かったと思う。現状に少しそわそわしている私としては疎さが有り難い。

「他に持ってきてないの?配管工の兄弟みたいな平和なやつ」

「ない」

本当は私の部屋にもいくつかゲームがある。彼の言う平和なものが。
その中でもこれをチョイスしたのは、真琴くんの怖がる様を見てケラケラ笑ってやろうという理由が大半なのだが、その他にストレス発散と優越感も多少なりともある。
きゃあきゃあと色めき立つ多くの女子に、そわそわする事は地味にストレスなのだ。
彼の事は言えないくらい無自覚だったらしく、そのことに気付いたのは最近の事で、気付いてからは少しイライラもした。
無自覚の彼がのほほんと過ごしている事に、人の気も知らないで!というイライラが生まれるのだ。勝手ながら。だから嫌がらせというストレス発散を選んだという事実は認めよう。
優越感については、こんなに臆病な一面を知っているというソレを確認するためもあった。

その三つ全てが満たされたところで「ない」と答えた私はベッドから降りて、ゲーム機からディスクを取り出す。
出てきたディスクを見て、真琴くんは「ひっ!」とまた情けない声を出した。

「もう、怖がると思って自分で片付けようとしたのに何故見るかなぁ」

ディスクすらホラーな仕上がりで、プリントされたタイトルから覗く、何かを滴らせた瞳孔の開いた瞳と目が合ったらしく「グロい!怖い!」と怯えている。
手早くケースに片付けて、ケースにも同じプリントがされているので隠してあげようとベッドに置かせてもらっていたバッグへと手を伸ばした。

私がもともとゴロンとしていた位置、彼の真後ろにそれはある。
まるで彼に向かって手を伸ばしているような形だなと思っていると、手を掴まれ引き寄せられた。突然のことで勢いのまま体勢を崩して彼の鎖骨辺りに鼻をぶつけてつーんとした痛みが広がる。

「いたーい!」

そう主張しても彼は無言で、私の首筋に顔をうずめよるようにしている。吐息がかかって少しくすぐったい。

「どうしたの?そんなに怖かった?」

トラウマにでもなっていたらどうしようと今更罪悪感でいっぱいになって、おずおずと背中に手を回すと更に私を捕える力が強くなる。
分厚い彼の身体に手を回しても、彼が私にしているように、彼を腕の中に収めることは出来ない。
それでもギュウと、ありったけの気持ちと一緒に彼にぶつければ、それを容易く上回る力で返される。

「なんか、いじめてるみたい」

そう言ってフッと力を緩めて笑った。
解放されたが再び抱き着くと「えぇ!」と驚いている。すぐそこで聞こえる心拍も、すごく早い。

「あのー、期待しちゃいますよ?」

「何言ってるの、蓮くんと蘭ちゃんも居るんでしょう?」

スイッチの入った彼は口調こそ優しいが中々男らしいと思う。
私の指摘に「うーん」と困った声を上げるところはやっぱり彼なのだが。

「いいの。これは私が補完してるだけなんだから」

「ほかん?」

「そうよ。こんな時でもないと言えないから言っておくけど、私は多分真琴くんが思っている以上に真琴くんの事が好きで、たまにね、色々とこう、余裕がなくなるの」

「俺も余裕なくなる事あるよ」

「多分それ、ちょっと違う」

彼の言う余裕と私の言いたい余裕は、この状況下では持つ意味がちょっと違う。

「独占欲強いんだなぁとか、そんな私って嫌な子だなぁって自己嫌悪したり、そんなだから愛想尽かされるんじゃって心配したり、きゃあきゃあ言ってる可愛い女の子に目移したらどうしようとか、色々と悩む事もあるわけですよ」

なんとか伝われ!と再度はギュウ!と力いっぱい込めてみる。
案の定「きゃあきゃあなんて、別に言われてないけど」なんてお気楽な事を言っているけれど、嬉しそうに微笑む彼を見てやっと心が落ち着く気がした。




「うーん」ともう一度悩んだような声をあげると、そっと私を押し倒す。
「ちょっと!!」と抵抗しても距離は縮まる一方で、場所と状況から緊張感と罪悪感が膨らむのを感じながら目を閉じる。
目を閉じていても解るくらい、ピタッと彼の動きが止まって様子を伺うと何とも言えない顔をしている。視線は私の少し左。
その場所をチラリと確認すると、バッグに収納しそこねた、先ほど彼がグロい!と怖がったそれが転がっていた。

「折角いい雰囲気だったのに!あーもー!」

おそらく男子高校生として、この状況で失ってはいけない大事な何かを失ってしまったのだろう彼は、心底悔しがった。

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