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□一つだけのシークレット
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 期待しても良いんだろうか。
つい都合良く解釈してしまう頭を何度か払いながらもう一度目を落とした。

彼女から手渡されたのは俺が手にするにはあまりに可愛らしいデザインの便箋。丁寧な文字で「話したい事があります。今日の放課後空いてますか?」と書いてある。何度読んでも、だ。
今が授業中でなければ、のけぞりついでにそのまま椅子ごと倒れていたかもしれない程の衝撃の一文。
必死で俺の中の様々な神経を使って平静を装い、あたかも真剣に授業を受けている様に見せてはいるが、内心はその真逆にある。
先生の声も全くといっていいほど聞こえないし、ノートをとる余裕なんて皆無だ。

手紙の主である、斜め前の彼女に視線を向けると解っていたかのようなタイミングで少し振り返って目が合う。
訊ねるように頭をかしげ、手でOK?とジェスチャーをする彼女にコクコクと頷くと、読唇術なんて初めての試みだが、確かに「じゃああとで」と口元が動いた気がした。





 こんなに緊張する放課後は経験した事が無い。
むしろ放課後を告げるチャイムで完全に切り替わって部の事でいっぱいになる。その部すら終わってからは気が抜けて、今日はどのアイスを買って帰ろうだとか、そういう放課後しか経験したこと無いし、放課後ってそういうものだろう。

教室に残る俺の姿を見つけると安心した表情をして小走りで駆け寄ってくる。
近付く距離に比例して俺の鼓動も早くなる。ついでに期待も膨らむ。

「ごめんね、残ってもらっておいて待たせて」

「大して待ってないよ。気にしないで」

「良かった」と微笑むと、その後が続かない。言い出しにくいのか口をもごもごとさせて落ち着かない様子だ。
こういう時、話しやすいようにこちらから「それで、話って何?」と聞いてあげるのが正解なのだろうか?それとも黙って待つのが正解か?
答えを探していると、自分もそわそわしている事に気付く。

まずい、緊張する……

ごくりと喉を鳴らすとほぼ同時に彼女が口を開いた。

「相談が、あるの」

平均的な身長よりやや低いだろう彼女がうつむくとその表情は俺からは見えない。

「相談って?」

「相談と言うか、お願いと言うか。橘くんにしか、言えなくて」

俺だけにしか言えないと、そう言った時に真剣な目をこちらに向けるので目が合う。
何を言われるのだろうかという期待や緊張よりも、ただ単純に目が綺麗だなとか、背が低いというより華奢だなとか、そういう事で頭がいっぱいになる。

「俺にしか、言えないこと?なんだろう」

俺の想像する都合の良い解釈に期待してしまうせいで、声が震えないようにするのが精一杯で訊ねる。

「あのね、あの……」

みるみる内に顔を真っ赤にさせるその姿に、つられて顔が熱くなる。
今か今かと次の言葉を待つ俺の耳に届いたのは、小さな声。

「岩鳶ちゃんマスコット……くれないかな」

「……え?」

心底恥ずかしそうに、真っ赤になって俺を見るその目は恥ずかしさからくるのかうっすら涙目に見える。

「え?ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

確かに小声で聞き取りにくかったのもある。でもまさか、いやいやそんな……!という僅かな期待を込めて改めて訊ねると「岩鳶ちゃん……」とやはり返ってくる。

「入部特典の岩鳶ちゃんマスコットがどうしても欲しくて。でも私、あんまり泳げないから水泳部は無理だし。それで、橘くんが部長だって知って私……」

「お願い橘くん!!一つでいいの!岩鳶ちゃんくれないかな?」
そう言って目の前で拝むようにして両手を合わせる彼女にしぼんでゆく期待を感じながら「ははは……」と笑うと「お願い!」と拝み倒さん勢いだ。

「いいよ!あげるあげる!あげるから頭あげて?」

「いいの!?入部できないけど、いいの!?」

綺麗だと思った瞳を一層キラキラさせて、喜びに満ちている様子の彼女に「少し待ってて」と声をかけて、駆け足で更衣室まで向かう。
所在なさげにしながらも、しっかりと存在を主張させているパンパンに膨れた紙袋を掴んで再び教室へ向かう。
ドアから見えた彼女はニコニコとしながら座った足をブラブラとさせていた。

「これ、良かったら」

「袋いっぱいの岩鳶ちゃん!!!!」

「なんで!?」と声を張り上げた彼女に、真っ赤になるまで懇願したコレが、まさか不評に次ぐ不評で余りまくっているとは言えず「ハルが張り切って作りすぎて」と言うと「七瀬くんの手作りなの?」と心底驚くと一つを手に取りまじまじ観察し、「器用すぎる」と驚きは感心に変わった。

「欲しいだけ、持って行ってよ」

「いいの?」

「うん」

「じゃあお言葉に甘えて」と三つ選んだ。
「この子はイケメン!」「この子はフォルムがステキ!」と手作りならではの個体差から選りすぐった二つを俺に見せる。

「これは?」

残った一つが気になって訊ねると「これは……」とそれまでの勢いからは嘘みたいに黙ってしまった。
そしてさっき見たぶりに顔を赤くすると「橘くんに似てるから」と言う。

「え!俺に?」

そもそも岩鳶ちゃんに似ていると言われたのは初めての事で、それだけで動揺だ。
それに加えて、似ているという理由で選んだその意味にも動揺。

「ちょっと目が垂れてるの。ほら」

見せられた岩鳶ちゃんは確かに少し垂れ目仕様で、それが似ていると言われれば似ているような気さえする。

「い、岩鳶ちゃん、好きなの?」

何と言って良いのか解らず、そう訊ねる。
すると「すっごく好きなの!グッズも集めててね、シークレットバージョンが中々出ないの!」と嬉しそうに話す。

「岩鳶ちゃん橘くんバージョンを鞄に付けようかな」

「こうしても可愛いかも!」と彼女が使用している通学バッグのポケットから顔が半分だけ覗く俺に似た岩鳶ちゃんと目が合う。

先ほどの赤面、彼女がこれを一番気に入ってくれた理由にまた期待が膨らむ。
今はまだ膨らませたままでいい、そう思うほどの目の前で喜ぶ彼女はやっぱりキラキラとしていて、綺麗だ。

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