Free!

□日曜夕方六時半
1ページ/1ページ



 店内の時計が19時を示したところでそろそろだとモップを握る手に力が入る。

そろそろと言えるほどの規則性は無いのだが、これまでの傾向と対策、あとは私のカンの働きによる結果からして、そろそろ彼はやってくる。

一度だけ、鮫柄のジャージを着ているところを見たことがある。
後輩と思わしき男の子と一緒に、大会がどうのという会話をしていた事から察するに、おそらく強豪と名高いあの水泳部に属しているのだろう。
その予想を裏付けるように、基本的に薄着の彼から覗く腕はアスリートらしい無駄が一切ない筋肉で引き締まっている。
細身の割には意外なほどの逞しさについ見惚れてしまい、おつりを出しそびれた際に「釣り」と言われた事がある。
こちらは意外性もなく、やや威圧感溢れる不機嫌な物言いだった。

「松岡先輩」と呼ばれていた彼について私が知る事は、この程度だ。


 簡単に掃除を済ませると入店を知らせるメロディーが店内に流れる。
チラリと視線を向けると、期待と予想通りの人物。薄着で、一人だ。

彼と接触するタイミングはレジでのほんのわずかな時間なので、私は慌ててレジへと向かいスタンバイをする。
この時間のコンビニは仕事帰りの会社員が多い。店長と私とで二台あるレジを担当する。そしてこの瞬間が少し緊張するのだ。
どうか私の方へ!と念力を放つ。確率は1/2。

本当に念力を放つことが出来るのでは?と最近ある種の恐怖を感じるほど、彼は私のレジになる。
「袋はいい」と断る彼のミネラルウォーターのボトルにテープを貼る。

「あれ?」

そして気付く。
てっきりV派なのだろうと思っていた彼が本日購入したのはEのラベルの水だ。

「なんだよ」

「いえ、あの、本日はこちらの商品で良ろしいのでしょうか?」

余計なお世話だとは自覚しながらも、頭のどこかで「話すチャンスだ」と囁く自分も居たのも事実で思い切って訊ねてみると、少しだけ目を見開いた気がした。

「何でも良いだろ」

「えぇ、左様で……」

全くもって彼のおっしゃる通り。チャンスだと煩悩に負けてしまい余計な行動を起こした自分を後悔して、気分が沈む。

「左様ってお前……いつの時代の人間だよ」

信じられない事に、威圧感でいっぱいの彼が口角を上げている。
「日曜夕方でしか聞いた事ねェわ」と続ける彼は国民的アニメ、特徴的なヘアースタイルが過ぎる、かの有名お父さんを指しているのだろうが、まさか彼からそんなほのぼのしたツッコミを入れられるとは!だとか、初めて会話した事への衝撃と新発見でそれどころではない。

「左様って」

クククとまだ可笑しそうに笑う彼にようやく羞恥が芽生えて「あんまり笑わないで下さい」と言うと「『そんなに笑わなくてもよかろう』じゃねェの?」とあくまでお父さん口調を推してくる。

最悪だ……
これから先ずっと彼の中で私という存在は「コンビニ店員」から「磯野家」なのだと思うと絶望的な気持ちでいっぱいだ。
昇格どころか、罰ゲームじゃないか。

「俺今度からあの父さん見る度にお前思い出すわ」

「腹痛ェ」とお腹をさすりながらお店を出た彼をじと目で見送る。

考えようによっては週に一度、私を思い出してくれるということで、結果的には良かったのかもしれない。
次の話題にも繋がると、前向きに考えるとしよう。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ