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□甘えて、見せて
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「真琴先輩、いいものあげましょうか」
ゴウちゃんにしてはやや含みのある笑顔と言い方に疑問を感じながら「いいもの?」と訊ねると「ふっふっふ」と勿体ぶった後「じゃーん!」と後ろ手で隠していたものを見せつけるように出した。
その手元には二枚の写真がある。
とある人物のものだ。
「なっ、え……これ……え?」
色々と聞きたい事が多すぎて何から訊ねて良いのか解らずにいると「先輩おもしろい!」と何故か笑われた。
「実は、この土日に女の子だけのお泊り会開いてたんです!我が家で」
「その時に撮っちゃいました」とまるで任務完了と言わんばかりのポーズを決めて写真の説明を続けた。
「これがお風呂上りの写真でー」
そこには普段見る事のない、ゆったりした服装の彼女が写っている。頭にはタオルが巻かれていて、その表情は困った顔だ。
「これ、もしかして嫌がってたんじゃない?」
「そうなんです!恥ずかしいからって中々撮らせてくれなくて」
うんうんと大きく頷くゴウちゃんからその写真を受け取る。
よく知っている彼女のはずなのに、表情や恰好、状況に新鮮さを感じる。
「食い入るように見すぎですよ?」
その指摘にハッとして顔を上げると「そんなに喜んで頂けるとは、撮った甲斐がありました」と微笑んだ。
「でも、こっちの方がもーっと喜んで頂けるかと」
またふっふっふと笑うと残りの一枚をこちらに向けた。
「これ……!」
「そう、寝顔です」
ぬいぐるみを抱き枕にして寝ている姿がそこには写っている。
寝返りのせいで着崩れたのか、ゆったりした服からは肩や腰の白い肌が露出している。
「『寝顔あどけなくて可愛い』って、思ってますね?」
「おもっ……」
あまりにもこちらの気持ちにリンクした鋭い指摘に「思ってない!」とウソをつくことも出来ずにいると「先輩おもしろい!」とまた笑われた。
俺をからかうために撮ったのか、それとも気を利かせたのかは解らないが「ありがとう」と受けとろうとすると「欲しいですか?欲しいですよね?大好きな彼女のこんな無防備な姿ですもんね」と、やや悪い顔をしながらそんな事を言ってくる。
一瞬迷いはしたが欲しい気持ちに勝てず正直に「うん」と頷くと待ってましたとばかりにニッコリと笑う。
「じゃあ一つ条件です」
そう言って条件を付けて、写真を手渡された。
「あ、真琴くんこっちこっち!」
「おーい」と手を振る彼女は缶コーヒーを片手にベンチに座っている。
駆け寄って「あれ?ホット?」と訊ねると「うん」と微笑んで頷いた。
あ!と察して「寒かったよね、ごめん」と謝る。部活動を終え、陽が落ちるこの時間は肌寒くなってきた。
ゴウちゃんと話し込んだせいもあって、手が冷えるくらい待たせてしまった事を後悔する。
「大丈夫大丈夫!飲みたかっただけだから気にしないで」
そう言って「帰ろ!」とベンチを立つ彼女の手を握る。
「ホントごめん」
指先が冷たい。
ぎゅっと握ると、控えめに握り返してきた。
「暖かいね、真琴くんの手は」
「これから大活躍だね」と続ける彼女に「カイロ代わりに?」と返すと「それもある」と認める。
「でもカイロは口実で、こうやって手を繋げるから寒いのは嫌いじゃないなぁ」
手を繋いだまま歩き出すとそんな事を言う。可愛い口実にこちらまで暖かい気持ちだ。
「あ、土日にね、コウちゃんの家に泊まりに行ったよ」
「うん、さっき聞いた。これも貰った」
「あ!!!!」
大事に仕舞っておいた胸ポケットから二枚の写真を取り出して見せると、予想通り、奪おうと手を伸ばしてきたので上へと持って行く。
すると「それされたら届くわけないのに!ひどっ!」と膨れている。
そんな様子がたまらないからつい意地悪をしたくなるとは言えず「だめ、これは俺が貰ったんだから」とまた大事にポケットへと仕舞う。
「コウちゃんのやつ〜!寝顔まで撮っていたとは」と悔しそうにまだ膨れている彼女に「あのさ」と声をかけた。
「言うなって言われてたんだけど、その……ごめん」
「え?なになに」
ゴウちゃんの出した条件を知るはずもない彼女は目をぱちくりさせている。
「聞いたよ、全部。寂しい思いをさせてたみたいでごめんね」
『先輩、寂しいって言ってましたよ!部を大事にしてもらえるのはマネージャーとして助かりますが、一女子としてはもうちょっと彼女を大事にしてあげて下さいって思います。だから、この写真が欲しかったら先輩をいっぱい甘やかしてあげて下さい!』
その条件に頭を殴られたような衝撃を受けた。
確かにと、思い当たる節はある。部が出来てからは、どうもないがしろにしていたかもしれない。
彼女は指先が冷えていても「寒かった」とは言わない人だ。そんな彼女の優しさに無意識に甘えていた自分を悔やんだ。そして悔やんだところでどうしようもない。
「甘えてばかりでごめん」
「いいよ!……いいの。私の方こそ、寂しいなんて思ってごめんなさい」
「謝ることないよ、そうさせた俺がどう考えても悪い」
「だから、今度は甘えて欲しいんだ」その言葉に彼女は「甘えるって、私?」と驚き「私、もう十分甘えてる」と続けた。
「全然甘えて無い。全然甘えられて無い。寂しかったら寂しい、寒かったら寒い、そう言って欲しいんだ。わがままなんかじゃなくて、そういう甘えもあると思う」
やや語気を強めて言うと一瞬言葉を失った様子の彼女は次には微笑んで「うん!」と大きく頷いた。
「じゃあ、真琴くん」
握っている手をぎゅっと握って改まって名前を呼ばれる。「ん?」と返事をした。
「こっちの指がまだ冷たいから、暖めて欲しい」
本当にたまらない人だと思う。
それくらい甘えにも入らないんじゃないか、欲の無さに「はは!」と笑って空いている手を握る。
繋いでいた手は暖かい。そっと離して立ち位置を替えて歩き出した。
「またそっち冷えたら言って」
「も、もう大丈夫、です」
甘え慣れしていないらしい彼女はいっぱいいっぱいという顔をしている。
「ねぇ、今度は家に泊まりにきなよ」
「えぇー!!」
家族も居るとはいえ、女の子の家に泊まりに行くのとは違うためか盛大に驚いている。
仕方がない事とはいえ、ゴウちゃんの家というよりも「凛の実家」へ泊まられた事に対する対抗心だとか、写真ではなく、今みたいに知らない顔をすぐ側で見たいからだと言えば、きみはどんな顔をするだろうか。