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□JOY!
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 嫌われるような事をした覚えはないが、どうやら嫌われたらしい。
同じクラスの竜ヶ崎くんはここ最近私を見ると「ひっ!」と息を飲むようにして怯えた後、挙動不審になる。
本人は平静を保とうとしているのだろうが、かえって怪しさを増すあたりが、彼のあまり器用ではない性格が如実に現れているななどと感心したのは最初だけで、これが毎日、毎回続くと流石に結構傷付くわけで。

彼が一駅分走って登校してくるのを知っていたので、ここはハッキリさせようではないかと意気込んで私も一本早い電車に乗って一つ手前の隣駅で降りた。
逃げようが無い改札の出口すぐの場所で仁王立ちで待ち伏せを開始すると10分足らずで電車が到着した。
下りる人の少ないこの駅は赤い眼鏡を探す事は簡単で、その人はのん気に改札にやってきた。

視界の中心に私が入ると、心底驚いたのかのけぞりついでに眼鏡がズレた。

「な、な、なにしてるんですか。乗り過ごしならぬ降り早まりですか」

「別に降り早まってなんかないよ。竜ヶ崎くんを待ち伏せしてたの」

「全然伏せてませんけど。ガンガン仁王立ちしてますけど」

「細かい!」

こんなやりとりをするのは久しぶりで、懐かしくすらある。
こっそりジーンと懐かしさに浸っていると「それで、僕に何の用でしょう」と本題を切り出された。

「うん。ずばりハッキリ訊ねるけど、竜ヶ崎くんが最近私を避けている理由は一体何なの?私何かした?もしそうなら謝りたいなと思ってて」

一息で述べると顔を隠すようにフレームに手をあてた。

「なるほど、僕が避けていると……」

「少なくともここ2、3週間はね」

私の指摘に対して、フリーズしたように固まり、なにやらぶつぶつと独り言を漏らし始めた。


 ドーパミンだとかオキシトなんとかだとか、エストロ……とにかく何か難しい単語がちらほら聞こえる。何かの法則?方程式?よく解らずひたすら彼のシンキングタイムを待った。
すると、ようやく答えが出たのかフレームから手を離す。そしてため息を漏らした。

「恋って何だと思います?」

「え?淡水魚でしょ?」

「そのコイじゃないです」

溜息に加えて眉間にシワまで入り始めた彼は「恋っていうのは、相手の事を考えただけで体温、心拍ともに上昇し、ドーパミンをはじめとするあらゆるものが脳から分泌され冷静さを失う事を指すんですよ」

「そ、そうかなぁ?」

そっちのコイだったか!という間違いに気付くも、彼の回答にはすぐには納得できない部分がある。
いや、おそらく恋とは彼の言う通りの状態を指すのだろうが、もっとこう、そういう事ではないと思う。

「なんですか。僕の完璧なリサーチから導き出されたこの美しい回答に間違いでもあると?」

「間違いじゃないけど、なんか難しく考えすぎっていうか」

「……よく解らないので論理的に答えてもらっていいですか」

本気で解らない様子の彼に若干の面倒くささを感じて「だから、理屈じゃないでしょ!って言ってるの」と強く言うと、ものすごく衝撃を受けたようで、再びのけぞった。

「理屈が通用しない……だと?なるほど……」

「解って頂けたかな?」

「誰に恋してるのかは知らないけど、もっと楽しむべきだよ竜ヶ崎少年!」
そう続けて肩をバンバンと叩くと「楽しむ……?そんな発想ありませんでした」と真面目につぶやいている。

「いやー、疑問も晴れたところだしスッキリしたねぇ……って、全然スッキリしてないし!で?結局どうして私は避けられてたわけ?」

すっかり論点がずれてしまったせいで、本題を見失っていた。
結局何だったのだろう?と未だ解らない。
嫌われたとしたなら、今こうして何事も無かったように会話する事はおろか、彼の恋についての相談も受けるはずがない。

「これでハッキリしました」

「いや、ハッキリじゃなくてスッキリさせて欲しいんだけど」

「僕、貴女のことが好きです」

「はい?」

いきなりすぎる展開に頭が追いついていない。
言葉は理解できるが、そこを処理するのにえらく時間がかかっているのだ。

エラーを起こしそうな脳に追い打ちをかけるように「ですから、僕が好きなのは貴女です」と二度も言われてしまった。

「これは恋です、間違いありません。そして楽しんでみたい。でも僕がこの気持ちを楽しむためには貴女にも楽しんで欲しい。これってワガママなのでしょうか」

「そ、それは、その、相当な欲張りコースではないかと」

「なるほど。しかし欲を張って何が悪いのでしょう?」

さぁ論破してみろと言わんばかりの発言だが、今の私の脳スペックでは到底破ることは出来そうにない。

「まぁここで色々言ってても埒が明きませんので、結論として僕が貴女を楽しませる事が出来れば良いんですよね?」

「そ、そういう事……かな?わかんないけど」

「いいでしょう。顧客満足度100%に達して見せますよ!」

「いや、どこぞのお店じゃないんだから顧客満足度って言い方よそうよ」

結局のところ彼に振り回されっぱなしだ。
独特のペースで生きている彼に、気付けば巻き込まれていたらしい。
私という顧客の満足度100%を目指す彼に「その言い方よそう」と言えば「いいでしょう!!」とフレームを持ち上げながら楽しそうに微笑まれる。
楽しんだら良いよと教えたばかりだというのに、既に随分とエンジョイしていらっしゃる。

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