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□主語って大事!
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 「そんなにいっぱいお菓子を買ってどうするの?」

両手に提げている袋からはお菓子がこれでもかと入っている。到底橘くん一人で消耗できる量ではないので声をかけると「今日ハロウィンでしょ?去年は大変な目に遭って……だから今年は念入りに用意しとこうと思ってさ」とよく解らない理由を述べられた。

より詳しく訊ねると、どうやら毎年弟さんと妹さんが「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!」と彼の部屋のドアをノックしにやってくるらしい。なんて可愛いのだろう。
去年は忘れていてお菓子を用意していなかったらしく、部屋をめちゃくちゃにされたらしい。

「なるほど、それでこの量ってわけなのね」

「……うん、そう」

「うん?なに今の間」

濁すような返答をして視線を私から外すと「実は、こっちの袋は自分用」と口を開いた。

示された袋は、もう一つの袋より一回り小さいが甘いお菓子が多い印象を受ける。要するにチョコのお菓子ばかりなのだ。

「甘い物好きなの?」

「チョコ……好きなんだ」

「似合わないって思ったよね?」とチョコ好きであることがよっぽど恥ずかしいのか、少し顔を赤くしている。その様子が普段の彼よりもずっと幼く見えて、手にしているチョコの山も似合わないどころかむしろ似合う。

「そんなことはないけど、多くない?」

「むしろ似合うよ」と返答したら、それはそれで恥ずかしがるかもしれないと思ったので、濁しながら返事をした。

「さすがに1日じゃ無理だよ!3日に分けて食べる」

「えっ」

「どうしたの?」

3日に分けても1日当たり相当な量なのでは……と思ったが、「これ一番気に入ってるから最後に食べようと思ってる」なんて私に見せながら嬉しそうに話し、おおよそ三等分に分け始めた姿を見て口に出すのはやめた。

「そんなにチョコ好きなんだ」

「実はね。家でも自分の分は部屋に隠しておかないと、すぐ弟や妹に食べられるから困ってる」

「相当好きなんだね」

「うん、大好き」

「チョコが」という口には出されていない主語に向けられたこの言葉に思わずドキリとする。
こちらを見てその発言はいかがなものか。会話の前後を聞いていない第三者が見たとするならば、非常に仲睦まじい高校生カップルのようではないか!

「あ、なんか顔赤いよ?」

一人で恥ずかしくなってしまったせいで体温が上昇したのか、私の変化に気付いた橘くんにこれ以上悟られまい、語らせまいと慌てて口を開いた。

「じ、実は我が家も毎年ハロウィンには近所の子供たちにお菓子をあげてるの」

「へぇ!チョコ?」

「うん。チョコケーキ」

瞬間、橘くんの顔が輝いた気がする。
そして「うわぁ、良いなぁ!俺も今日貰いに訪ねようかな」と冗談まじりに言ってほほ笑む。

「そんな大したものじゃないけどね。簡単なのしか作れないし」

「……えっ!ちょっと待って、もしかして手作りなの!?」

「そうだけど……」

こくりと頷くと、橘くんは立ち止まり両手に持った袋をガサガサとさせて指を顎に持ってくると何かを考えているのか難しい顔をした。
少しの沈黙のあと、「良かったらなんだけど」と口を開く。

「うん、もし良かったらなんだけど、本当に訪ねてもいい?」

「訪ねるって、今日?」

「うん。ちょっと、いや本気でそのケーキ食べたい」

その目が思いのほか真剣だったので、思わず笑ってしまう。
「え!笑うところ?」と真剣だった橘くんがおろおろしだしたのでまた笑う。

「だって、ほんっと相当チョコが好きなんだなぁって思ったらおかしくて」

「確かにチョコは好きだけどさ、いやチョコも好きなんだけどさ」

「どうしたの?」

小声でごにょごにょと話す橘くんに声をかけたら「なんでもないよ」と気のせいか力なく微笑まれた。

「いいよ、良かったら来て。いっぱい用意しておくから」

「いいの?行く。絶対行く」

許可を出すと、再び顔を輝かせてうんうんと大きく頷いた。そんなに楽しみにされると、作り甲斐があるってものだ。

「じゃあ今年は頑張っちゃおうかな。橘くんに満足してもらえるようなチョコのケーキ作るね」

楽しみにしてもらえればと思って言うと、「もー、すっごい殺し文句それ!」と何故か顔を赤くした橘くんが困ったようにいった。
殺し文句とは……思っているよりも相当チョコが好きなようだ。

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