APH
□絵心と恋心
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数日前に席替えをした。
今まで隣の席はボヌフォワくんだったので、毎日のように歯の浮く「愛の言葉」とやらを囁かれたり、香水なのか何なのか解らないがやたら良い香りがしたりして耳と鼻がマヒしそうな毎日を送っていた。
その点、今回は当たりと言えるのではないだろうか。
害が無いという言葉は褒め言葉なのかは解らないが、カリエドくんは害が無い。
ひとつ難があるとするならば、彼と仲良しらしいボヌフォワくんが休み時間毎に彼の席までやって来てはその香りを残していく事くらいだ。おかげで私の嗅覚は未だどこかおかしい気がする。
鼻腔の奥で常にボヌフォワくんの香り…と言うと響きが何となく良い気がするのでボヌフォワ臭とたった今名づけるが、そのボヌフォワ臭がずっと燻っている。家に帰ってもふとした拍子にプンと香るのだ。まったくどこまでも迷惑な…
害が無い事には変わりはないが、決して大人しい優等生タイプというわけではない。ボヌフォワくんとバイルシュミットくんと三人揃えばそれなりにおバカだ。
キャッキャとはしゃぐ様は無邪気そのもので、嫌味なくおバカだ。こういう人を愛すべきおバカだと言うのだろう。
「しもた」
授業が始まると同時に隣から慌てた声が聞こえたので「どうしたの」と声をかける。
「ノートだけ持ってきて、教科書忘れた」
さすが、愛すべきおバカは期待を裏切らないなぁと感心にも似た気持ちで「良かったらどうぞ」と教科書を半分彼の机へと寄せた。
「ええの?ありがとう助かるわー」
決して勉強熱心なタイプでは無いだろうに、彼は少しこちらに寄ると教科書を覗き込む。
肩が触れそうなほど近い距離に、ボヌフォワ臭とはまた違った香りがする。
鼻腔の奥に溜まりそうな人工的なものではなく、太陽のような優しい自然の香りだ。
ノートの端が私の机にまではみ出していて、その隅の部分に落書きがあるのを見つける。
何だろうと思い、チラリと凝視すればそれは落書きと呼ぶには勿体ないくらいの本気すぎるトマトだった。
陰影の付け方といい、ツヤ感といい、本気だ。本気すぎる。この人どこまでトマトを愛してるんだろうと思うとおかしくて、笑いをごまかす為に手で緩む口元を隠すが止められない肩の震えがこの距離ではごまかしきれなかったようで「どうしたん?」と言いたげに私の様子をうかがう彼と目が合ってしまった。
その顔は本当に害がなく、純粋というか素直というか、あぁだからこんなに素直に美味しそうなトマトも描けるのかと妙に納得でき、それがまたおかしくて隠しても意味をなさないくらいに笑ってしまう。
状況を未だ掴めていないカリエドくんは「え?え?」と不思議そうにしている。
「トマト、美味しそうに描いてるね」と言うと、その顔をトマトみたいに真っ赤にしてノートをサッと自分の方へと引き寄せた。
しまった、秘め事だったのかと申し訳なく思い「勝手にごめん」と言えば「いや、ええねん」と煮え切らない返事だ。
「他は見てへん?」
「え、うん。トマトしか」
「なら、ええねん」
少しホッとすると、ニコっと笑う。
笑顔まで少年の雰囲気が残るなぁと思っていると、少し開いた窓から風が入る。
その風が彼のノートをパラパラとめくり、止まったページの端にはカリエドくんと私の名前が傘の中に入っていた。
見たことも無い早さでバッとノート閉じるカリエドくんは、再び顔をトマト色にして気まずそうにこちらを見る。
「見てもた?」
「うん」
素直に認めると、あああと崩れるようにして机に突っ伏す。
害が無いだろうと思っていた彼の最大の秘め事を知ってしまい困惑する。恥ずかしくてどうしたら良いのか困りはするが、不思議と嫌ではない。その事にも困惑する。
ふと視線を感じて見渡せば、ボヌフォワくんとバイルシュミットくんが腹立つくらいニヤニヤとこちらを見ていた。