BL

□Blue
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(青い・・・)     

ふと上を向いた瞬間に視線に入ってきた空。
青くて、澄んでいて・・・雲ひとつない。     
その空が、あの人に似合うと思った。                                           
俺の良く知るあの人に―――                                               
***

全国大会の少し前。
いつもより練習はきついけれど、何よりも充実した部活。
その日、真田の口から静かに告げられたのは、幸村くんが退院するという知らせだった。
幸村くんが戻ってくるという知らせは、何よりも嬉しいはずなのに、何故か俺の心はざわついた。

優しく笑うようで、儚げに笑う彼が
誰よりも周りが見えているようで、自分しか見えなくなる彼が        
厳しいようで、誰よりも優しい彼が

大好き。

彼が居ない立海テニス部ほど味気ないものはない。
だけど・・・
彼が帰ってきたら、彼はもう独占できない。
だって、彼は誰よりも尊敬されているから。
今だって赤也が、仁王が、ジャッカルが、柳が、真田が、柳生が・・・皆が喜んでる。

俺だって、嬉しいに決まってるだろぃ!

でも・・・
幸村くんを、他のヤツが見るのが許せなくて
幸村くんが、他のヤツを見るのが許せなくて
この感情が、仲間に対する尊敬じゃないことを知った。                       だけど、俺は何も出来ない。
今みたいに空を見上げて彼を想い描くしかないんだ・・・

それが何となく悲しくて、俺は家へと続く道を急いだ。
いつもの帰り道がなぜだか色褪せて、じわりと視界が歪む。

(気づいた瞬間失恋かよぃ・・・)

いつからだろう・・・幸村くんを好きになったのは。
いつからだろう・・・胸の痛みを無視していたのは。

考えても答えなんて見つかるはずも無い。
だって、俺すら知らないのだから。

だけど、溢れる涙は紛れもない本物で・・・

いつから好きなのかなんて分からないけど、きっとずっとずっと前から好きなんだ。

仁王が言ってた言葉の意味がようやく分かった。

『本気で好きなやつと程、結ばれにくい』

きっと、本気で好きになればなるほど、関わるのが怖くなってしまうから・・・

だから、結ばれにくい。

俺は男で、幸村くんも男。
結ばれにくいもなにも関係ない・・・
俺たちは結ばれないのだから。

だけど・・・

息が出来ないほど苦しい。
涙が溢れて止まらない。
この気持ちを忘れられない。

ココまで辛くなるのは、きっと、この恋と呼ばれるのかさえもわからない想いが叶わないことを知っているからで・・・

俺は、味の薄れたガムをしっかりと噛み締めた。

***

幸村くんが復帰して数日、立海大では全国に向けての本格的な練習が始まった。

俺は、できるだけ幸村くんと関わらないように練習をして早めに帰る。
今幸村くんと関わると、幸村くんを壊してしまいたくなるから・・・
相変わらず空を見上げれば、幸村くんに似合うきれいな青空が広がっているけれど、今は少しだけ、それが憎らしかった。

「ブン太。」

突然の声に膨らませていたガムがパンッと音をたてて割れる。

少し低めの声は、紛れもなく彼の声。
俺が大好きで、俺を苦しませる彼の・・・声。
                                 
「最近、俺のことを避けてるのはなんで?」

今、最も聞きたくて、聞きたくなかった声が心地よく耳に響く。

目を合わせれば、いつものようになにもかも見透かしてしまうような目で俺を見ていた。

「・・・ブン太。なんで?」

彼のその唇をふさいでしまいたい。 
きれいな瞳に映るのは俺だけにしたい。

「それは、なんで聞いてんの?・・・俺に無視されるのが嫌だから?何となく?」

俺の口から零れた言葉は、思ったよりも冷たく低かった。

「なぁ、なんでだよぃ?俺のこと好きでもないくせに・・・優しくすんなよ。」

違う、こんなことを言いたいんじゃない。
ただ『ごめん』って。
だけど、一度開いた口は止まることを知らない。

「俺が幸村くんのこと好きなのも、全部分かってんだろぃ?・・・なのに、優しくすんなよ。勘違いすんだろ?」
俺の言葉に心底驚いたような表情をした幸村くんに腹がたって、塀に幸村くんを追い詰める。
だって、余りにもばからしいだろぃ?

勝手に好きになって
勝手に振り回されて               勝手に辛くなるなんて・・・

幸村くんが好きだ。
優しくて、綺麗な幸村くんが。

でも、俺の手は届かない。
抱きしめたいのに、
キスしたいのに、

幸村くんを目の前にすると、あの淡くて綺麗な空がちらついて・・・

俺は、幸村くんに伸ばしかけていた手を止めた。

今抱きしめてなんになる?
余計辛くなるだけ・・・

「・・・ごめん。」

だから俺は、彼から逃げた。

辛くて、怖くて。
いつものガムも味がしなくて、頬に涙が伝った。

恋が、もっと簡単で優しかったらいいのに。

もっと、楽だったらいいのに。

簡単に両思いになれたら、今みたいな辛い思いを
しなくてすむのに・・・
俺が辛いだけ恋をしてるとは思わないけれど、今は凄く辛いから・・・恋なんかしなきゃ良かったって思えてしまうから・・・

だから、ほんのすこしだけ綺麗に色づいた青空がいつも以上に暖かくて・・・

幸村くんが恋しくなった。

追いかけて来てくれたらいいのに
抱きしめてくれたらいいのに

そんなことも思うけれど、やっぱり一番思うのは、『会いたい』だから。

俺はクルリと踵を返して、全力で走った。

受け入れてもらえないのは怖くて辛いけど、この感情を無かったことにするのはもっと悲しくて寂しいから。

彼を愛しいと思えるうちに
彼に似合う青空を綺麗だと思えるうちに

幸村くんに気持ちを伝えよう。

走って走って、ようやく見つけた彼の背中。

俺より十センチほど高くて
俺よりはるかに華奢な彼の背中。

「っ幸村くん・・・ッ!」

俺の声に振り向いた幸村くんの目元は、微かに潤んでいて・・・たまらなく、美しかった。

「・・・ごめん。さっきのやっぱ取り消す。俺・・・優しくしてもらえて嬉しかったぜぃ。」

そう言って、彼を抱きしめるとビクリと肩が揺れる。

(当たり前だよな・・・。あんなこと言ったんだし。)

幸村くんを愛しいと思うたび、彼を離したくなくなる。
このまま、腕の中に閉じ込めていたいと願うたび、胸がずきりと痛む。

「・・・俺、幸村くんが好きだよぃ。」

俺の言葉は、彼に届いたかさえ分からないほど小さかった。

自分でも、体が震えてることが分かる。
だけど、このまま幸村くんを離すことが億劫に思えて少しだけ腕に力を込めた。

もう、逃げたくない。
幸村くんから、自分から。

「・・・ブン太。」

彼の声が俺の耳をくすぐる。

「ありがとう。」

俺はそっと幸村くんを離した。

だって、感謝の言葉は別れの言葉。

それは、俺たちテニス部員が女子達に繰り返した『ありがとう』だから。

好きになってくれてありがとう。だけど、君の気持ちには応えられない。

幸村くんにそう言われた気がした。

情けなくも、堪えることが出来ない涙をここぞとばかりに流して
偽りの笑顔を浮べることすら出来なくて。

「・・・ブン太。」

気づけば、幸村くんの腕の中。

「俺は、ブン太が好きだよ。」

俺が繰り返した言葉を、今度は幸村くんが繰り返す。

・・・ずる過ぎるだろぃ。

結局、幸村くんは俺の心を掴むんだ。
青空のように優しく・・・淡く。

「・・・幸村くん、好きだよぃ。」

俺は、さっきとは違う涙を堪えてまぶしすぎる空の青を眺めた・・・















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