□7月8日
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大学の帰り道

俺は少しだけ遠回りをして美容室の前を通る。
別に髪切りに行くわけじゃねぇ。ただ前を通るだけ。
店の前を通る時は少しだけ歩く速度を緩める。
ガラス越しに目が合えばいいとか、気付いてほしいとかそんな気はねぇけど。いや、あるのかもしれねぇけど。
自然と目があの人を探しちまう。
忙しそうな店内でも一人目立つ銀髪の美容師。
やる気のない目のくせに、動きは無駄がなく、器用に動く手先に見惚れちまったんだ。
たぶん憧れとかそんなん。


(…あ、笑ってる。)









*



「総悟、今日8時に近藤さん家だと。」

「何がでィ、土方コノヤロー」

大学まで同じの腐れ土方。つっても一つ上の先輩で真似したのは俺だけど。


「コノヤローはいらねんだよ。
何って誕生日だろ。」

「あぁ、毎年飽きやせんね、あの人も。仕事は大丈夫なんで?」

「さぁな、まぁ、楽しみにしてやれよ。張り切ってくれてんだ。」

「わかってまさァ」

「じゃ後でな」



(相変わらずヤニくせー男でさァ…)

小さい頃から俺と土方さんが世話になってる近藤さん。俺はあの人に剣道も苦手な人付き合いも、友達の作り方だって教わってきた。

さすがに恋愛についてはねぇけど。
参考になりそうでもねぇんで聞くきもねぇや。

毎年誕生日を祝ってくれる。デケー誕生日ケーキは何歳になったって嬉しいもんだと張り切って。兄貴っつうより親父みてーだ。


(8時なら少し時間があくな。)
自然と足はあの店に向っていた。

(…髪伸びたしな)

(あちぃし。)

(時間あるし)

(暇だし。)

(誕生日だし、)

(中みて、空いてたら行くかねィ。)


言い訳を沢山つくって歩いてたら店はもう目の前だった。


(ただ、髪切るだけでィ)

「いらっしゃいませ。」


「わッ!」

店の前。深呼吸をしているといきなり後ろから声が降ってきた。

慌てて振り向くと、目の前には太陽で白く光る銀髪頭。手にはコンビニデザートの入った袋。

ご予約は?と聞かれて焦ったが、初めてだと言うとあっさり中に通された。
忙しそうだ。

(予約無しは迷惑だったか)

「コレ、カードの
名前とか書いてもらっていいかい。」

ひょいと屈んで目線を合わせてくる

「ッ、へい。」
(心臓うるせーよ…)

いつも見るのは横顔ばかりだったから、目が合うのは変な感じだ。鏡越しだけど。

(まさかこの人が担当になんのか?)



「お、書けた?」

遠慮なく見る俺の視線に気付いたあの人がアンケート用紙を覗く。

「沖田くんね。
今日担当の坂田です。」


「へい…、
すいやせん、急で」

「あれ?意外と素直な。」

「何がですかィ?」

「や、なんでも。」

どうする?と髪質を確かめるように柔らかく髪を解く坂田さん。
人に触られるのは苦手なはずなのに、気持ちィと思えた。


「あんまり考えてきやせんでした。格好良くお願いしまさァ」

「ハハッ、格好良くな。可愛くなっちまったらどうしよーな。」


小さい頃から可愛いはいわれてきた。嫌いだ、男だしな。けど、この人から言われるとどっかが擽ったい。
(俺…変だ)

くだらねぇ話も面白く聞こえるのは商売柄か、この人だからか…初めてだっつうのに、話しやすくて楽だ。

(女にも、こうなんだろうねィ)


「どうかした?」


「あ、いや。」
(また見ちまってた。)

「心配しねーでもかわいーくしてやるよ?俺好みにー。」

「…かわいーくは避けてくだせェ。」

「俺好みはいんだ?」

「…まかせやす。」


きっと他の客ともこんな会話してんだろ。まさか俺まであんたの言葉で浮かれてるとは思ってねぇんだろな。


髪切りに来てよかったけど、これからは余計な事まで考えちまういそうだ。

(…バカみてーに浮かれてまさァ俺)



「じゃ、一回流すな?」

シャンプー台に座ると背もたれを倒され坂田さんに見下ろされた。

「今日この後誰に祝ってもらうんですかー?」

「祝う?」

「誕生日なんだね、今日」

(あぁ、さっきの紙か。 )
たしか誕生日の欄があった。

「友達つーか、腐れ縁みてぇな奴らに。」

「ふぅん?」

手際よく髪を濡らしていく。

フェイスタオルを乗せられて目の前は真っ白、目を瞑ると寝ちまいそうなくらい気持ちいい力加減だ。

緊張もとけだして

「…ヒ!」

「あ、ワリ。…耳弱ぇの?」

「びっくりしただけです。」

ウトウトしたところに耳の淵を指が走り意識が思い切り戻された。思わず声が出て恥ずかしい。

顔には出にくい方だが、タオルがあってよかったと思う。


「あのな、沖田くん。誕生日月はトリートメントサービスなんだよね。していい?」

俺がはい、という前には、すでにいい香が鼻に届いていてスルスルと髪を滑るトリートメントが頭を撫でられてるみてぇで嬉しくなった。また目を細める


誕生日おめでとさん。


ウトウトとしたところに、そう聞こえた気がしたが、曖昧な頭の俺は頷いただけだった。

人は緊張しすぎると眠くなるらしい。




「おーい」



耳元で呼ばれてる
起きねぇと。

起き…


「近!」

「お、起きた。沖田君が。」

寝ちまった。慌てて起き上がった俺は坂田さんの要らない一言にツッコむこともしなかった。


「あんま可愛い顔して寝てっから誘ってんのかと思ったわ銀さん。」

「誘ってねぇです。

…銀さんて?」

「俺の名前。銀時。ちゃんと覚えとけよー総一郎君?」

「総悟でさぁ。客の名前間違えるとかキャバ嬢なら終わりですぜ」

「キャバ嬢じゃなくてよかったわ」


少し意地悪そうに笑うこの人に名前を覚えてもらえるまで通おうと思った。

(変な目標。)

「次もあんたがいいや」


「おー。喜んで。」







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