□ゆうきつねシリーズ
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「あ〜、また…」


(こんな時間だ)

此処はショッピングモール
幾つかのファーストフード店が集まって出来ているフードコート
橘千鶴はその中の一つ、そば・うどん屋で働いていた。

なぜそば・うどん屋か、周りによく聞かれるけれど、別にすばらしい理由なんてなくて
前を通った時の匂いが好きだったとか、飽きなさそうとか、そんなん。

周りからはよく橘の見た目じゃそば屋は全然シックリこないと言われる。

余計なお世話だ。
千鶴はいつも決まってそう返していた。

それにしたって
まさかこんなに残業があるなんて…

遅番は大体一人で、他のスタッフは帰ってしまうため会話する相手も居らず、いつもこの時間は淡々としている。だからと言って掃除なんかをサボると次の日が怖いのは経験済みだった。

「またゴミ出ししとらん…誰だよ今日の当番」

ぶつくさとたまに独り言ももれるが、手はテキパキと慣れた様子で一秒でも早く帰るための作業に撤した。

大きな業務用ゴミ袋を片手に、帰り支度を完了した千鶴は余ってしまったおにぎりを今日の夜食にと適当なビニール袋につめこむ。
いくつになったって自分と裕福は無縁な気がしてならなかった。

(まさか財布に穴でもあいてんじゃ…)


業務用の巨大なゴミステーション

食べ物屋から服屋までありとあらゆるゴミ袋があつまるこの場所は店の営業時間とは関係なくいつも薄暗く、勿論衛生的にもあまりよくは無い。

「イテ、あーもう!入り口にゴミ置くんじゃねーやい」
扉を開けてすぐに置かれてあったゴミ袋
気付かずにつまづいてしまった。

文句を言いつつそのゴミ袋も押し転がすように奥に運ぶ。
さっさと帰ろうと千鶴が振り向いた瞬間、何かが視界の端に映りこんだ。

「ッ、!……?」

ぴたりと躯が強ばる
こんな薄暗い所で出るものなんて、黒いアイツ以外だと…
いやいや、待てって…
俺は霊感なんて有りませんよー。
独り言の声は上ずり冬だと言うのに背中にはいやな汗をかいた。
このまま真っ直ぐ其処を出よう。
こういう時の好奇心なんかに俺は負けない、
負けたくない。
自分で自分に言い聞かせ前だけを見る

このまま真っ直ぐ、
見ないで真っ直ぐ…
真っ直ぐ…

どうして人はこういう時、無駄に確かめるような行動をとるんだろう。
怖いものなら気付かないふりをしたらいい。
千鶴はドラマや映画のヒロインを観ながらいつも不思議に思っていた。
けれど、今ならヒロインの気持ちが良くわかる。

ただ確かめて"気のせいだった"という安心を得たいだけなんだ…

ゆっくり瞳だけを動かし、その何かを確認する

只でさえ居心地悪いこの空間で、一度深呼吸をして落ち着かせる、なんて事を千鶴はしなかった。

そんな自分の肺を虐めるよう事するか

瞳だけは限界で、もう勢いだと思い切り振り向き違和感の正体を突き止める
勢いを付けすぎて少しだけ首が痛かった。

「ひっ!」

何これ誰コレ!!コワッ!!

千鶴の瞳に映りこんだ正体はモワッとした何かの尻尾だった。

慌てて入り口に駆け寄り普段使われない電気のスイッチに手を伸ばす。
暗い場所に慣れてしまっていた千鶴の眼には少し眩しいくらいの白い光がカチカチと音を立てついた。
何度か瞬きをして光に慣らすともう一度その尻尾に目を戻す。

「…ぬいぐるみ…か?きぐるみ?」
近寄るとふわっと揺れる尻尾の毛。
千鶴は本体をたぐい寄せようとその尻尾を軽くひっぱった。

「ンッ!」

短い悲鳴のような声に掴んだ手を離す
ゆっくり視線を声の方へ運ぶと、その尻尾は横たわる人物へと繋がっていた。

鼓動が一気に高まった。

ラフなその格好は少し薄汚れているけれど場所が場所だけにわりとマッチして見えた。
顔は長めの前髪が邪魔でよく見えない。

(寝てる?)

覗き込もうと前のめりになる。
今の千鶴ではもう好奇心が恐怖に勝ってしまいその正体を確かめずにはいられない。
顔を見てやろうと前髪を慎重に指先で払う。
恐怖でこそないけれど、少しだけ震えてしまった。

パチリ。
前触れもなく開かれた瞳が千鶴を捕える。


「…」
「…」
「…眩しッ「ア、ごめん…じゃなくて」

眉間にしわを寄せ眩しいと丸くなる目の前の人物

服のうえからでもわかる細身の男…

綺麗な顔立ちに千鶴は余計残念な気持ちになった

どうせなら女の子が…と。

それでも聞きたいことが有りすぎる千鶴はすでに疲れ切っている頭をフルに使って簡潔な質問を考えた

何事も無かったように寝直す態勢の男に千鶴は慌て声をかける

此処ゴミステーションですよ?どっかの店の新人サン?サボってたの?もう此処も閉められちゃうよ、寒いでしょ。…それって、流行ってるの?

それ、とはもちろん尻尾の事で。
まくしたてて話し掛ける千鶴に男は心底いやそうな顔をした
寝かせて。と表情で伝わってくる

「とりあえず此処からでましょーねぇ…」

まるで幼い子供をあやすような自分の声に笑いそうになった。
そんな千鶴の態度も男にはまったく響かないようだ。
丸まる男の腕を掴み起き上がらせようとする千鶴に立ち上がる気が無い男

「ちょっと、服のびる…」
「そんな小ぎたねーかっこで何気にしてんだよ。」

こんな所で寝転げて、うだうだしていたら本当に閉じ込められてしまいそうだ

無理矢理男をひきずった。
どうにか入り口まで連れ出したところで千鶴が振り向くと、やっと立ち上がった男と目が合った。と言うより見下ろされていた。
「…何それ…」
千鶴は擦れた声で呟く。
男に見下ろされて腹が立ったわけではない。自分が小柄のは言われなくたって充分コンプレックスなのだから。

「…耳?」
寝ていた時には隠れていたらしい獣のような耳
まさか耳まであるなど思わない。
見逃していた。
尻尾と髪とお揃いの毛色がパタリと動く

「ちょっとお兄さん…
耳、生えてますけど…?」

動揺が隠せない
叫んでもいいだろうか


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