□ゆうきつねシリーズ
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小さな本屋の一角で、もう何十分も本棚の前から動かない男がいる。

その男を真後ろの本棚の隙間から見張る祐希もまた、何十分もその場を動けずにいた。
ただ立ち尽くしているだけだと逆に目立ってしまうと興味もない本を一冊手に取りパラパラと捲る。
勿論内容なんて頭に入ってはこない。
祐希の視線はその男に釘付けとなっていた。

(ゆうたは何読んでるのかな……)



悠太が食い入るように見るその本が気になった。
祐希は帽子を深くかぶりなおし、本のタイトルだけでも確認してやろうと慎重に移動を始める。
あんなに真剣なら多少近づいたって気付かれない気がする。

「祐希、」

思わず肩が跳ねる。

周りを見渡すも自分に向けられる目はない。
なんだったんだと不思議に思うも今はそれどころではないと悠太に視線を戻した。

瞬間、

心臓を握り締められたような苦しい感覚に襲われた。


(…悠太が、ふたり……?)


思わず身を乗り出し眼を凝らし、帽子に隠れた獣耳を澄ます。

「やっぱり此処にいた。それ、そんなに読み込むなら買ったら?
いい加減帰らないと…」
「うん、でももうちょっと慎重に選ばないと…」
「そぅ、なら俺先戻って………祐希君、何かな、この手は」
「悠太が俺置いて帰らないように捕まえておかないと。」
「…祐希のもうちょっとっていつも長いでしょ」
「折角迎えに来てくれたなら一緒に帰ってよ、悠太」

親しげに話す自分にそっくりな二人。
本当にそっくりだ、耳と尻尾以外は。
混乱した頭を落ち着かせようと祐希は服の下に隠した尻尾を擦った。

不安で仕方ない。
今まで自分が悠太だと思い見張っていた男は、祐希と呼ばれた。

(祐希は俺なのに…)

そして、その"祐希"に話掛けるこれまたそっくりな男は悠太と呼ばれた。


「…ど、ーして…」

祐希の擦れた声に隣の客が視線を寄越す。


探して、
探して、
探して、
何度も出会った悠太はやっぱり俺を憶えていなくて。
なのに…

ゆーた…

目の前の悠太は自分ではない祐希と一緒にいた。

なんで…





気が付くと二人は既に店を出てしまっていて祐希は焦って後を追った。
動揺しているせいか、足がもつれてうまく走れない。

程なくして二人はコンビニに入っていった。

狭い店内では隠れるのも難しいと祐希は店の外で二人の様子を伺う。
聴覚がいくら優れていても外から二人の話声までは流石に聞き取れなかった。

「ゆっきー!!何してんの?」
「ッ!!」
何の前触れもなく後ろから飛び付かれる。
驚きのあまり声すら出なかった。
圧し掛かるソレを振り払い正体を確かめる。

「…どちら様…」
「はぁ!?橘千鶴様!!」
「…あれ。どっかで…
あ、おにぎりの…あぁ、今日はー…、持ってないね。」
「ちょっとゆっきー?まぢ何言ってんの?俺おにぎりなんか持ってるイメージなくね?」
「…まだちょっと若い…?でも残念ながら身長はあまりのびてなかったよ。」
「おい!何気に傷つく事聞こえんぞコラ。いつの俺と比べてんだよ!」
「髪型はそんなんだった、下ろしたほうが良かったけど。」
「あっそ!!この髪型はやめねーもんね!!
…で!本当何してたの?こそこそと…
暇なら遊ぼーぜ!あ、ゆっきーん家行く?ゆうたんは?まだ部活かい?」

話に流れは全く無いものの、どうやらこの千鶴は俺とあの俺の偽物を間違えているようだった。
「生憎忙しいです。…ゆうたんって…悠太?」
「…え?
…ねぇ、ゆっきー。
本当に何かあったの?
ゆうたんはゆうたんじゃん」

口調は変わらないものの、急に真剣な顔をした千鶴に自分が出会った千鶴が重なった。

あの千鶴もうるさかったけど、嫌いじゃなかった。

「ねぇ、ゆっきー寒くないの?」
「…」
「コレ貸したるからちゃんと返しなさいよね!」
ぐるぐると首に巻かれるマフラー
世話焼きのおばちゃんみたいな口調の千鶴に少し笑えた。
「なんかこのマフラーぬるい…」
「俺のぬくもりつき!」
「…」
「ちょっ!そのいやそうな顔何!?」

マフラーからは千鶴の匂いがした。
千鶴は何処でも千鶴なんだ。
少し懐かしくなって、くすぐったい気持になって目の前の変な頭を撫でた。

同時にまた不安も押し寄せてきて、居ても立ってもいられなくなる。

「ごめん千鶴、用事あるからまたね。」
「あ、ゆっきー!」

去り際に合った千鶴の瞳が心配そうに揺れていて、悪い事したなと思った。




千鶴は何処でも千鶴。
なら悠太は?
悠太は何処でも悠太…だとしたら、今までの悠太は…。

「ッ…」
目の前がくらくらする。いろんな感情が一気にあふれて気持ち悪くなった。






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