□君の事
1ページ/2ページ



あの日以来、ゆっきーは現れなかった。
変わらず俺はそば屋で働いて、たまに友達と会って、飲んだりして。

街歩いて可愛い子に目が行って、その隣を歩く柔らかな髪色の男にドキリとして…

正直最悪だ。
別に同性愛に目覚めたわけじゃない。
ただ無意識にゆっきーに似た雰囲気の奴を目で追ってしまう。

「…って、うわ、尚更最悪じゃんかよ―…」

仕事中、一人で悶々と考えていたら言葉が漏れていたらしく、店長にやきを入れられた。
ひりひりする頭を擦りながら「俺じゃなかったら暴力だなんだって騒がれますよ!」
なんて言い返せば「お前でよかったわ」とまたド突かれた。
どの辺から漏れていたのか気になったけど、これ以上墓穴を掘る訳にもいかないと仕事に集中した。

昼のピークが過ぎて、そろそろ休憩でも貰おうかと賄いを自分で拵える。
おにぎりと一緒に並ぶお稲荷さんが視界に入ると、心臓あたりが少しだけキュンとした。


「乙女か俺は」

ため息と一緒にまた独り言。
これじゃほんとに女の子と変わらない。

空いた席を探して座る。
一般客に混ざっての昼休憩。
スタッフルームも在るけれど、人気が多くざわついたここの方が一人になって考え事するにはちょうど良かった。

ずるずる蕎麦をすすりながら、もう何度目かわからない瞑想に浸る。

あれは夢?
ゆっきーは居なかった?
たしかに疲れてたし、眠かったし…
尻尾と獣耳なんて誰ひとり信じてくれないだろうよ…
おにぎりもホントはどっかの野良猫にでも盗られたとかで…



あー、あの尻尾…また触りたいなぁ…
次見かけたら飛びついてしまいそ…




「え?」
「…」
「ゆっきー!?」
「なんですか、馴れ馴れしい…」

思わず立ち上がった。
俺の斜め前、といっても通路はさんでの席。
見覚えがあるどころかゆっきーだ。

「な!、え?やぁ!!えええ!??何なんでこんなとこにふつうに居んの!?」
「…??…ゆーた、他の席にしよ。
なんか変な人が誰かと人違いしてる…」

ゆっきーは一度腰掛けた席を立ち、一緒に来てたであろう人物に話しかけた。
セルフの水を両手に持って現れたゆうたと呼ばれる男。
「祐希、そういうこと言わない。
そういうの間違えた本人が一番恥ずかしんだから」
「…な!なに!?双子??」
「あー、もしかして悠太の知り合い?」
「違うと思う。見たことないから」

話しながらも双子とみられる二人は千鶴から距離を取るべく移動を始めた。


「ちょ!ゆっきー!!なに忘れたの!?俺の事!!三ヵ月前くらいにさー」

「だから、人違いですって、そんな髪型の知り合い居ませんから…」
「祐希、」
シッと人差し指を口元に持っていき咎める悠太。
「いや、しっ!て…」
何気に失礼な感じがゆっきーと同じだと思った。
興奮気味で話しかけたものの確かによく見れば獣耳も尻尾も見当たらない。

本当にそっくりなだけかとも思ったけれど、さっきから祐希と呼ばれている。

こんなそっくりで、ちょっと失礼で、同じ名前なんてなかなかいるはずがない。

千鶴は一緒になって席を移動し、祐希の隣に座りこんだ。
「ほんと、なんですかアンタ。
知らない人とごはん食べるのちょっと抵抗が…」
「うん!ごめん!俺も普段こんな感じじゃないから!ねぇ、祐希って本名?」
「…」
「無視しないでよゆっきー!!」
少しいやそうな顔で黙り込んでしまった祐希
見かねたゆうたが代わりに答えた。
「そうだけど、ほんとに知らないみたいだよ。
祐希が忘れてるって可能性もあるだろうけど、何か要件でもあるんですか?」

「ゆうたんはお兄ちゃんって感じだね」
「兄なので。」
即席で付けたあだ名はきれいに流されたけど、嫌がってるわけではなさそうだからそのまま使うことにした。
気にも留めてないだけかもしれないけど。

「あー、その…要件って言われるとなんか言いにくいっつーか…いや、うん。」

渋る千鶴に痺れを切らしたのか今度は祐希が口を開いた。
「なに、聞くからさっさと言って、さっさと済まして。」
少しどころか迷惑全開の顔をする祐希に千鶴は流石に焦り、急いで胸の内を伝えた。

「俺と、と、友達からはじめてください!」
「…」

もう少し冷静になるべきだったと言った端から後悔が迫る。
恐る恐る覗いた祐希の顔は、いやそうなまま特に変化もなかったが、それが余計に堪えた。

「……うわー、悠太、ホントどうしよう、この人友達以上求めてるっぽい…」
「…うん、友達からって…、デリケートすぎてお兄ちゃんフォローしにくいよ祐希君…」
「いや、あの。
なんか変な感じにしないでくれませんか、お二人さんよ」
「いや、そっちでしょう変な空気洩らしてるのは。」

いきなり見ず知らずの、そば屋の格好した店員
らしき男に、友達から…なんて言われたら
誰だって俺だって気持ち悪がるに決まってる。

「あ、えと、そういう感じのじゃなくて、友達!友達になりたいな―って…」
「他の人にお願いします、ごちそうさまでした。悠太いこ。」
「友達に、似てんの!」
「ならその友達と友達してなよ。」
「…全然会えなくて…頼む!メ、メールからでも!」

立ち上がって片し始めるゆっきーと、その祐希の腕をがっしりつかんで離さない千鶴。
無言で残りの蕎麦を食べる悠太。
俺の大きい声に周りの家族連れなんかの目が集まっていた。
「あ、失礼しました。
片付けます、ありがとうございます…」

俺がとっさに店員の顔で対応して何とかごまかしたらゆっきーが少しだけ笑ってるように見えた。

「やっぱ似てる」
「でも違いますから。」
「家近く?」
「おしえるわけないじゃないですか。」
「また来てくれたらお稲荷さんサービスするから!」
「なんでおいなり…」

未だ席を動こうとしない悠太をみて、祐希はため息とともにまた腰を下ろした。

ゆうたんは手元のコップを眺め黙っている。必死なお願いをする俺に気を使ってくれたのかもしれない。
「…ァ、アドレスを…ゆうたンのも!それならいいでしょ?」
「なんで俺まで…それならって何がいいんですか」
「ホントずうずうしいよ、俺携帯持ってないんで無理です」
「めっちゃ右手に握ってんじゃん!」

,続
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ